[コメント] すずめの戸締まり(2022/日)
かつて高畑勲が新海先生の初期作品『ほしのこえ』を酷評した文章を読んだことあります。観客に絵空事を信じさせて現実への対処を遠ざける「巻き込み型アニメ」という文脈で、子供だましならぬ「青年だまし」と述べていました。しかし留保付きで、それは「この段階での評価であり、作家の道を歩み出した作者が、その社会生活のおかげで、以後、もっと社会性のある作品を作りはじめる可能性は充分にある」とも語っていました。
新海先生の近年の作品を振り返ってみますと、徐々にその成長プロセスを踏んでいったのだ、と言うことも出来ると思います。『君の名は。』『天気の子』『すずめの戸締まり』という天災三部作は、「なかったことに出来ればどんなに良いだろう」という願望から「あったことはあったことで、なかったことにはできない」という現実に向き合う作風変化だったと思っています。新海先生自身、「対価もなく世界を救っていい気なもんだ」的な批判にさらされ、その反撥や反省で作品をつくった部分はある、とインタビューで語っていました。
その何もかもが成功しているとは言い難い、突き詰めが不足している部分も勿論あると思います。『すずめの戸締まり』について、印象的だったのは劇場公開後にTVで見たドキュメンタリです。実際に震災で母親を亡くした父娘さんが映画を見て、感想を話す内容でした。娘さんは「凄く感激して、母に再会できた気がした」とポジティブに語っていました。しかし父親は「不愉快だった、なんでこんなものを作ったのかと問いたい」という旨を語ったのです。この感想をぶつけられた新海先生は戸惑っているようにも見えました。「他人のことでも感情移入、共感によって寄り添うことが出来るのではないか」とモゴモゴ語ってはいたのですが。
現実の出来事を悲劇や回復の物語として、他者がおセンチに扱って良いのか、という問いは常に付きまとうものと思います。こういう当事者による反撥を予想していなかったのか。高畑勲ならやはり斯様な「巻き込み」型アニメでは限界があると評したかもしれません。しかし、この脇の甘さ、内実をさらけ出し、時に酔っぱらいながらも作品毎の成長曲線を観客に見せてくれる、これこそ新海先生の稀有な魅力とも思っています。
ただ観客として本音の本音言うと、天災三部作の志は置いて、作品そのものとしての面白さは『君の名は。』を頂点に徐々に下降している、という気持ちもあります。『君の名は。』はやはりエポックで、新海先生が個人的なテーマ、ロマンチックラブの否定から抜け出し、大衆芸能へ舵を切った始端としての驚きと面白さがあったと思うのです。神木隆之介さん、上白石萌音さんというキャストも今となると最強過ぎる布陣でした。
おっさんの悪いクセですが、そろそろ公器としての役割とかヒットメイカーとしての重荷を捨てて、また極めて個人的な「あれ」が見たい気持ちあります。「あれ」と言うのは端的には『秒速5センチメートル』のことなのですが。それ以外にも初期の作品には天災三部作にはない、後ろ暗い悦びがありました。
2000年代のあの頃、オタク作品には「女性キャラクターが不可避の悲劇に苦しみ、男性キャラクターはただそれを傍観することしかできない」という系統のお話がありました。具体的にはそれこそ新海先生の出世作『ほしのこえ』だったり相田裕『GUNSLINGER GIRL』であったり、他にも『白詰草話』や『イリヤの空、UFOの夏』等々。一番有名なのは『最終兵器彼女』でしょうか。正直言って当時の自分はその手の話が好きで好きで仕方がなかったんですよね。まー気持ち悪い。
あれから時は流れて新海先生だって主人公がマグロのままではいられない天災三部作を作り、相田裕さんも健康的な漫画『1518!』を書いています。頑張らない主人公を描くトップランナーと思っていた作家も変わっていくのだなーと思います。これも成長のひとつではあります。
ただですね、大きな声では言えないのだけれど、この頑張らない男性主人公ものって未だに嫌いじゃないんですよね……。楽して美味しい思いをしたいというゲス根性がぬぐいきれないのです。新海先生が、この路線には回帰することはあまりなさそう、とは思います。興行的成功と、高畑勲言うところの「社会生活」によって目線高くなった今、無自覚な快楽作品を描くことはさすがに躊躇があるのではないか。
でも後ろ向きな観客としては、そろそろいっちょどうですか、という心情もあります。『ほしのこえ』まで巻き戻るのは不可能でも『秒速5センチメートル』路線ならまだイケるんちゃいますか。昔みたいなむせ返るようなあれ、千鳥足で歌うあれ、どうですか。
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