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[コメント] 彼女のいない部屋(2021/仏)

全編に亘って、画面も音も、考え抜かれた知的な演出・カッティングが溢れている、素晴らしくスリリングな映画だ。映画的な虚実の見せ方の妙。
ゑぎ

**ネタバレ注意**
映画を見終った人むけのレビューです。

これ以降の文章には映画の内容に関する重要な情報が書かれています。
まだ映画を見ていない人がみると映画の面白さを損なうことがありますのでご注意下さい。







 「彼女に何が起きたのか、未見の人には教えないでください」みたいなマチュー・アマルリックの「お願い」が、宣材として用いられていたこともあるので、以下、ネタバレ注意とします。私の解釈めいた感想にもなりますが、正直云って、彼女に何が起こったのか、見終わった私にも確信が持てていません。

 木漏れ日のような画面に、タイトル、クレジット。序盤は、家出したママ−クラリス(ヴィッキー・クリープス)と、残された(捨てられた)、パパ−マルクと子供たち(姉弟)−リュシーとポール、という図式の前提で、やたらと時間を錯綜させて見せる場面が続く。この序盤の時点から、まず、音の使い方で虚実の曖昧さを意識させる。例えば、リュシーがピアノを弾いていて、弾くのを止めたのに音だけはオフで演奏が続く、とか、逆に、画面では弾いているのに音は隠蔽されるとか。他にも、実際のピアノ演奏とカセットテープの録音再生の音源が混乱しているとか。

 さらに、中盤の雪山(スキー場?)の場面になり、このシーンの時間軸は、いったい、どのあたりだろう?と思って愕然となる。クラリス−クリープスの家出の前なのか、後なのか。雪の積もった車のフロントガラスの、雪をかき分けるショット(車中から撮ったショット)は、冒頭の木漏れ日を想起させるのだが、多分、家出の前ということだろう。終盤の雪が溶けかけの場面、遺体にすがりつく場面も同様に家出の前なのだろう。このあたり(終盤)になると、大きくなった子供たち、リュシーやポールの場面は、総てクラリスの妄想なのか、と気づいてくるのだが、いや、序盤の家出後の、まだ小さいリュシーやポールと夫マルクの場面も妄想だったのか!しかし、二つの雪山(スキー場)のシーンだって、妄想ではない、と云えるだろうか。

 さて、後半の父子3人の朝の風景で、リュシーは高校生ぐらい、髪をグレイに染めており、中学生ぐらいのポールは左目の周りに青い星型のペイントをしている、というシーンがある。こゝでクラリス−クリープスが画面外から話しかけ、夫マルクも応える、という演出があるが、こゝだけ、細かいズームを頻繁に使うイヤな演出を見せるのだ。しかし、これは明らかにクリープスによる妄想のミタメであり、そう考えると、納得のいくカメラワークだろう。その他、序盤から、何度か緩やかなズームインが使われるが(例えば、車を運転するクリープスを後部座席のカメラから撮ったショットや、上にも書いた、雪の積もった車に近づいて行くショットなど)、どれも、ドリーと見紛うような品のあるショットなので、ズームのイヤラシさに無自覚な演出は、全くないと云っていいだろう。このあたりの感覚も好き。

(評価:★4)

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このコメントを気に入った人達 (1 人)けにろん[*]

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