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[コメント] ぼくのお日さま(2023/日)

説明的でなく実に映画的な作品。伝えたいことを口にすることが難しいのは何も吃音に由来するものではない。
deenity

**ネタバレ注意**
映画を見終った人むけのレビューです。

これ以降の文章には映画の内容に関する重要な情報が書かれています。
まだ映画を見ていない人がみると映画の面白さを損なうことがありますのでご注意下さい。







池松壮亮主演で気になってはいましたが、評価もかなり高いので早速見てきました。

本作は3人のキャラクターが中心の切なくもハートウォーミングな作品です。 吃音のある運動が苦手なタクヤ。スケートが上手なクールな女の子さくら。元フィギュア選手で現在はコーチをしている荒川。 そんな3人が雪の降り始めた冬に出会い、降り積もった雪が溶けていくまでのストーリーです。

本作の大きな特徴は、あまり言葉では語らないところですかね。公式サイトとかにこそさくらが荒川のことが気になってるとか、荒川に関する記述とかもあったりするのですが、作中ではそこは説明的ではなく、あくまで視線であったり表情やカメラワークであったり、そういった言葉を介さないで表現していきます。

これは本作の大事なテーマであり、言葉にできない思いを伝えることの難しさや大切さを改めて感じさせる作品でした。 その点において、タクヤの吃音というのは象徴的でしたね。 伝えたいことはあるのに言葉が詰まったりどもったり、たとえ吃音でなかろうと自分の思いを伝えることは難しかったりする。

たしかに本作は青春の恋愛要素は感じられるしジェンダー要素も感じられるし、夢とか憧れとかそういうのもあるんでしょうが、明確な区分はできない作品なんですよね。 説明的でない分曖昧で、それでもそれぞれの思いを読みとるためには視線やカメラワークから読み解いていくしかないわけです。

冒頭タクヤはスケートするさくらに視線を奪われ、そんなタクヤの視線に気づいたのが荒川で、そしてさくらの荒川を見つめる視線はどこか特別な思いを感じられる。 3人はペアでのアイスダンスで結果をあげるために、練習を重ねるとともに交錯していく。あの屋外リンクでの多幸感は凄まじかったですね。そもそも全体的に描写が美しいのも素敵なのですが、殊にこのシーンは素晴らしく、こんな時間がいつまでも続けば。そう思えました。

ただ、当人の思いなどとは無関係に、人間は見た情報から勝手に推測してしまいますからね。 さくらが荒川が恋人といる姿を目撃してから一気に関係性が崩れてしまいます。 本作において視線の意図を明らかにしてくれたのもまた荒川でした。そしてまた、その負い目をちゃんと「ごめんな」と謝ったのもまた荒川でした。 キャッチボールのシーンはとにかくグッと来ましたね。ボールと共に言葉を交わし、互いにしっかり向き合って話をする。手元が狂って遠くにボールを投げてしまう。 この「ごめん」はそういう「ごめん」じゃないでしょうね。でもちゃんとそれを拾って投げ返す。シューズをもらうことになったお礼も、今回はちゃんと伝えることができた。それだけでいいし、それが何よりも大切なんですよね。

タクヤは本作において一番曖昧なキャラクターでした。たしかにさくらに見とれていましたが、それが恋愛的なものなのか、それともフィギュアに魅せられたのか、終始曖昧なままでした。 そんなタクヤがラストにさくらと再会し、言葉をかけようとして本作は終わります。その後の言葉は何だったのだろうか。何だったにせよ、言葉にできななかった思いをちゃんと伝えようとしたことが素晴らしいのだと認めてくれるような作品でした。

元々本作はハンバートハンバートさんの「ぼくのお日さま」という曲から監督がインスピレーションを受け、制作されたそうです。 エンディングで流れ、しっかり歌詞も映されますが、素晴らしく刺さる歌詞とメロディーでした。 とても大切だと思うので掲載しておきます。

"歌ならいつだって こんなに簡単に言えるけど 世の中歌のような 夢のようなとこじゃない

ひとことも言えないで ぼくは今日もただ笑ってる きらいなときはノーと 好きなら好きと言えたら

こみあげる気持ちで ぼくの胸はもうつぶれそう 泣きたきゃ泣けばいいさ そう歌がぼくに言う"

(評価:★5)

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