[コメント] 海の沈黙(2024/日)
映画を見終った人むけのレビューです。
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監督はたぶん、倉本さんの信頼を受ける有能な方であるのだろう。場面転換とか、主題である「絵の美しさの所以」をきわめて効果的に見せる能力に富んだ方だ。この作品を観たのは正解だった、と画面にのめり込む前に何度も思った。
だが、セリフを聞くうちになぜか耳を覆いたくなるような衝動を感じる。どうやらこれは「天才」というものを礼賛し、またそういう人々に上目遣いで胡麻をすることを推奨する、という倉本さんの「天才観」というものが明確に語られる作品だからだ、ということに気づく、幾度だって天才脚本家と呼ばれてきただろう彼であることに気づくと、凡人はその専制君主の靴を舐めて恭順を示せ、と言わんばかりの語り口に慄然としてしまった。
例えば、その「真の天才」である男(本木雅弘)を「✖✖くん」と呼ぶ石坂浩二に、天才画家の執事みたいな事をしている中井貴一は「君付けは止めたまえ!あなたは彼とは格が違うのだ!」などという暴言を吐くのだ。モッくんの描いた絵は、それなりの迫力と勢いはあって、市役所の踊り場にでも飾ってあったら「ああ、いい郷土画伯の絵だな」とちょっと足を止める程度の魅力もある。だが、ゴッホだのドガだのモネだの(昭和の日本人好みの印象派ばっかりだが💦)が贋作を見つめた挙句「俺の絵は綺麗だろう」などと自慢するほどのテクでは正直ない。マジで誇大妄想狂だ。
その上で、家に訪ねてきてモッくんの絵を見つめ感動している小泉今日子に「赤をくれ!」と彼はわめく。小泉がヴァーミリオンの絵具を渡すと、「違う!そんなヴァーミリオンじゃない!俺の欲しいのは天空に輝く真正の赤だ!」もうどうとでも言ってくれ、と笑う気力すら失せる場面だ。こういう「天才と気〇いは紙一重」を絵に描いたようなステロタイプな「天才像」を見せられると、だんだん日本人であることに嫌気がさしてくる。
お願いです。倉本聰さん、ペンを折っていただけませんか。
蛇足。見逃そうと思いましたが、二度も繰り返されると嫌になる言い方。 いやしくも美術専門家が、レオナルド・ダ・ヴィンチのことを「ダビンチ」などと呼ぶことはまずあり得ないんです。「ダビンチ」は苗字じゃなく、「イスカリオテのユダ」「清水の次郎長」みたいに故郷の地名なんですよ。子供だって「番場の忠太郎」本人に「番場!」なんて声をかけないでしょう?日本の翻訳家の嘆きとして、海外のレオナルド論の書物を翻訳するとき、出版社から「こうしないと読者からクレームが殺到するんですよ」と言われるので、例えば「レオナルドの芸術」という書名だったら、恥を忍んで「ダ・ヴィンチの芸術」と改題するんだそうで…。『ダ・ヴィンチコード』とか『アマデウス』とかのタイトルは、まさにそのへんを突くものです。欧米人に「人名みたいだけど誰だそいつは」と思わせるテクです。…そこらへん知ってて「ダ・ヴィンチ」なんて雑誌名をつける人って、確信犯なんですよね。
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