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[コメント] 敵(2025/日)

四宮秀俊秋山恵二郎のコンビ作は全部見たいという映画ファンも数多くいるだろうと思う。私もこの点が本作を映画館で見る一番のモチベーションでした。序盤はずっと固定。古い家屋の空間を実に端正丁寧に見せる。
ゑぎ

 最初は部屋の角を画面奥に配置したほゞ水平のショットで統一するのかと思って見ていたが、ときに俯瞰も仰角も使う。これが、物置小屋のシーンになって長塚京三が棚の上にある荷物を取ろうとし、脚立から転げるショット辺りから、固定だけでなく、パンや移動も使われ始める。また、この後の、庭の井戸越しに長塚と松尾愉をロングで撮ったショットがちょっと他と違う画面で引っかかり、きっとこの井戸が重要な枠割りになると予想させる。私には、物置小屋での転倒が本作の転換点のように思える。

 夏から始まる約一年間のお話で、劇中、夏秋冬春の順でインタータイトルが出る。照明は四季の光の違いをよく造型していると思った。特に、序盤の夏の光はコントラストのある画面で、少しやり過ぎかもと感じたぐらいだ。例えば、長塚が映る最初のカット、寝台のヘッドボードに差している光はワザとらしいと云ってもいいぐらいだ。あるいは、これは照明によるものかどうか判然としないが、瀧内公美の登場カット−玄関に立っている白いブラウス姿の胸の強調もワザとらしいと思った(これって汗の表現だろうか。次のカットではなくなっている)。勿論、ドキドキさせてくれるのは宜しいけれど、これみよがしでアザトイ。これって監督の趣味なのだろう。

 本作は後半になって夢が連打される。それは、寝ている間に見た夢のことだと思っていると、徐々に、そうとも云えないというか、起きていても見えている幻想なのかも知れないと感じさせる趣向だ。もっと云えば、前半の場面も何が現実で何が夢だったのか分からなくなってしまうような感覚を抱かせる。そこが面白い。例えば前半、長塚が洗濯機のスイッチ入れた後、皿洗いなどをしているショットが繋がれ、やゝあって洗濯機が止まったことを示すアラーム音が聞こえる、という場面がある。実はこの部分で洗濯機の効果音が入れられていないことにかなり違和感を覚えていたのだが、こういう不思議な手抜きみたい演出も、仕掛けだったのかも知れない。ただし、夢の造型は、概ね夢にしては頭でっかちというか、机上で捻り出された感じ、デタラメさ脈略のなさがイマイチだと思った。

 全体、矢張り瀧内からみの場面がいい。「11時40分」を繰り返す部分もそうだが、鍋の準備から井戸へ至るシーケンスが面白かった。妻−黒沢あすかの豹変ぶりも、長塚が自身の非を小声で認める「ごめんなさい」も。また、匂いに関して敏感な演出もいい。瀧内が石鹸の匂いを指摘する場面や、長塚が妻のコートに顔をうずめて匂いを嗅ぐところ。あと、河合優実が夢に出てこなかったのはちょっと残念に思う。さらに、中島歩】の出番、エピローグは不要じゃないか。長塚が物置部屋から飛び出して「敵」に立ち向かう場面でエンド、ぐらいの方が良かった。

#備忘

・『裏窓』と『地下鉄のザジ』への言及がある。河合優実がルイ・マルと云い、長塚はレーモン・クノーと訂正する。

・長塚はラシーヌ「フェードル」に関する原稿を書いている。

・「失われた時を求めて」に出て来る料理(羊のモモ肉?)を再現する。

(評価:★3)

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