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[コメント] 敵(2025/日)

同じ丁寧な暮らしでも『PERFECT DAYS』の平山には憧れるのに本作の儀助には惹かれないのは、片や達観した生への賛歌であり、片やリアルで生々しい生への執着から来るものか。
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**ネタバレ注意**
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桐島、部活やめるってよ』や『パーマネント野ばら』などの吉田大八監督作で、東京国際映画祭でもグランプリの作品です。原作は筒井康隆さんの小説で、だからなんだってぐらいに小説を読んだことはないのですが、SF小説家として有名な方ですね。

フランス文学について詳しい元大学教授の渡辺儀助は残りの預金から自分の中でのXデーを設定しており、質素というよりは丁寧な生き方をしている。そんな儀助の元に突然「敵がやってくる」というメールが届き、日常生活が脅かされ始めるというストーリー。

すいません、先に言っておきます。一丁前に評価とかつけていますが、いまいち掴みきれていません。何となくの答えこそありますが、受け取り方は多様にある作品だとも思うので、ただただ思ったことをネタバレ込みでまとめていきます。

とりあえず前半。渡辺儀助の何気ない日常が写されていきます。朝起きて、ちゃんとした朝ごはんを用意し、歯を磨き、コーヒーを挽き、iMacの前に座る。雑誌のコラムを書いたり、新聞の集金を払ったり、時には出かけて人に会ったり、教授時代の教え子が訪ねて来たりする。そういう日々を過ごしながら、自分で定めたXデーに向けて丁寧な暮らしを送っていく。

前半のこの日常パートについては、やはり昨年上映していたこともあってか『PERFECT DAYS』の役所さんが思い浮かびましたね。 正直役所さん演じる平山の生き方はどこか憧れを抱かせるような魅力がありましたからね。 本作でいえば、特筆すべきは食事シーンでしょうね。冷麺とかハムエッグとか紅鮭とか焼き鳥とか、全編モノクロ映像ながらどうしてあそこまで美味しそうに映りますかね。そうめんをあそこまで美味しそうに思えたのは初めてですし、こういうのを飯テロ映画って言うんでしょうね(笑)というくらい食事シーンは魅力的でした。

まあ実際儀助本人も、Xデーを決めた方が毎日にハリが出るという旨のことを述べており、いろんなことに固執してないことが魅力的な生き方に繋がっているように感じました。

が、そこに突如として「敵」がやってくるわけですね。やってくるといっても実際のところ「敵」とは一種のメタファーであり、そこに何を代入するかが本作の見手によって変わってくるポイントだとは思います。 とはいえやはり個人的にはオーソドックスですが「敵」=「老い」であり、あるいは「死」なんだろうとは思いましたね。

特にこの辺りから儀助の生活は一気に虚構と現実が入り混じり、どこからがリアルで、どこからが夢あるいは空想なのかという線引きがわからなくなっていきます。 ただ、それまでは一切見えてこなかった儀助の欲というものも、この辺りから節々に垣間見えるようになります。

大学教授時代の教え子である瀧内公美さん演じる鷹司に対しての秘めたる性欲というのが見え始め、その一方で、亡き妻である黒沢あすかさん演じる信子に対して愛おしさと罪悪感を抱え始め、子どものいない儀助からすると父性なのか異性としてなのか河合優美ちゃん演じる歩美のハニートラップにかかってしまう。 また、突然すすまみれの敵の襲来に恐怖し、必死に生にしがみつこうとする辺りなんかも実に人間的でしたね。

老いて死が間近に迫り、遺言書まで書き終え、自分の中で気持ちに整理がついていても尚やはり死は怖く、欲も持ち合わせるという生々しさ。 この辺りが類似していても『PERFECT DAYS』の平山の達観した感じには惹かれ、本作の儀助には忌み嫌われてしまう感じが表れているような気がしましたね。

別に老いたからって生(性)に執着したっていいんですよ。だってそれが人間なんですもんね。でもそれを堂々と描くような作品って実に少ない気がしますし、またそうでないことに憧憬の念を抱くというか、むしろ普通であるかのようにスポットも当てられてないような気がして、そういう意味で本作が描いた渡辺儀助という人物像がある意味惹かれなくても然るべきというか、そもそも本作に対して何かよくわからんけど好まないみたいな感情って自然な気がしてしまいました。 ただ一つ言っておきたいのは、好まないから悪い作品ということではなく、むしろ独自性の、本作ならではの魅力を持った唯一無二な作品でもあるように思えます。そもそも老いとかをテーマにした映画ってものに触れてこなかったからなのかもしれませんが、私にとっては見る価値のある作品でした。

ただまあ掴みどころのない作品でしたね。勝手に『PERFECT DAYS』的な見方をしてたのも良くないのでしょうが、あまりにリアルからの虚構展開への横振れに面食らいましたね。 そもそもラストのくだりとかを考えると全編通して虚構の世界だったのかとすら思えてきますし、老いとかの実感がまだない自分からすると、老いというよりも自分の生活を脅かす突然の外的要因なのかなとかも思えてきて。 まあ解釈も人それぞれ、何なら見るタイミングによっても分かれるような作品だと思いました。

(評価:★4)

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