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[コメント] ゆきてかへらぬ(2025/日)

長谷川康子−広瀬すずが横臥しているショット。布団から起きる。2階の部屋。窓の外は雨。窓の下の瓦屋根に柿が一つある。こゝに、朱色の番傘が路地を動いて行く真俯瞰の挿入。朱系の球形・円形の連打。
ゑぎ

後のシーンでは、赤色の毛糸で編んだ手袋をクルっと丸めた道具立ても。他にも球形・円形ということだと、けん玉やビー玉も出て来て記憶に残る。これらは全て、中原中也−木戸大聖にまつわる道具立てだ。

 冒頭、2階の窓外の視点で康子−広瀬を捉えたショットは、下降移動して玄関横に寄り、時間をジャンプし、外出する康子が表に出て来るまでをワンカットで見せる。そこに、朱色の番傘をした中原が帰って来る。こういった時間をジャンプする演出では、冨永太郎−田中俊介が喀血した後、カメラが洗面台のシンクに寄っていき、タワシで血液を洗い流す手のショットで人物を入れ替える、といったワンカットの演出もある。あるいは、終盤、唐突に墓地の康子−広瀬が繋がれて、意外なかたちで年月の経過を表現した演出も忘れないよう記しておきたい。これらは分かりやすい例だが、このような見応えのある演出が全編横溢する良く出来た作品だと思う(はたして田中陽造のスクリプトに既に書かれているのか私には分からなので「演出」という言葉にしておく)。

 ファーストカットとラストカットのあり方や、劇中の扱いを見ても、主演は紛れもなく広瀬すずだ。まずは彼女の魅力をよく引き出したディレクションこそ褒めるべきかもしれない。こゝに中原中也と小林秀雄−岡田将生が絡んでトライアングルの様相が描かれるが、ただし、作品の精神的支柱は、康子−広瀬以上に中原中也−木戸であり、小林秀雄−岡田も良い役だが、私にはあくまでも中原−木戸の引き立て役に過ぎないと思える。最初に書いた、映画的な球形・円形の道具立てが中原に関連するものだということを見ても、それは、はかり知れるだろう。演者としては、岡田の方に分があるとも思うけれど、中原の鮮烈な造型−木戸へのディレクションも演出家の仕事として立派だと思う。

 少しがっかりした点も書いておくと、例えば、中原と康子がローラースケートをする場面での通俗的なスローモーションの使い方。あるいは、チャールストンのダンスシーンも中途半端じゃないか。妥協の産物のようにも感じられる(スケールが小さいと感じる)。もっと狂気的なレベルの造型は無いものねだりか。同じように、康子のフラッシュバックで、彼女の母親−瀧内公美と幼少期の康子−浅田芭路が出て来る場面。船上のバイオリン弾き−トータス松本も含めて、いい線まで行っているとは思うが、もっとぶっ飛んだ画面が見たいと思ってしまった。

(評価:★3)

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