[コメント] 名もなく貧しく美しく(1961/日)
昭和20年6月。いきなり空襲の場面となる。音響効果で阿鼻叫喚イメージを強化する。東宝らしい、しっかりした爆発爆破の特殊効果だ。寺の門の前に子供と母親。母親は機銃掃射で倒れる。防火用水からバケツで水を汲む高峰秀子が繋がれる。高峰は母親を亡くした子供を守る。彼女は寺の嫁。住職が松本染升で、その息子の高橋昌也が高峰の夫だ。舅の松本は、高峰のことを、唖(おし)と云う。
玉音放送。何云ってるの?と高峰。高橋は唇に指をあて、シー。ほどなく高橋は発疹チフスで死に、高峰は里に返される。後のシーンで、寺が自分を嫁にもらってくれたのは、持参金目当てだったのだろう、と云う場面がある。高峰の母親は原泉。姉の草笛光子、弟は沼田曜一。母親は全き庇護者だが、姉弟は高峰のことを鬱陶しく思っている。あの子の声がキライと草笛は云う。ちなみに、草笛は27歳頃、高峰は36歳頃の撮影で、実年齢は役柄と逆転している(見た目にも草笛の方が妹に見える)。
聾学校の同窓会。受付が小林桂樹で、高峰のことを前から知っていた、と云う。「云う」と書いたが、聾者同士の会話は手話で行われ、画面に字幕が出る。闇市の近くの高架下での二人の会話シーンは良い画面だ。列車の轟音の中でも、手話なら意思疎通できる、ということを強調するシーンでもある。高峰は3歳のときに枝豆を食べ過ぎて高熱が出たせいで聴覚を失った。だから、不明瞭ながら、かなり上手に喋ることができる。小林は5歳まで親も気づかなかった(多分、先天性の聾者)という設定だと分かる。ちなみに私の近親者の聾者(実を云うと私とはゼロ親等)は生れて1歳で聞こえないと判明したのだが、幼児期から厳しいトレーニングを受け、ほとんど本作の高峰と同等ぐらいに喋ることができる。
高峰に小林から電報が来て、草笛がからかう。喧嘩になり、こんなうち出てやるわ、と家出する草笛。これってあまりに性急な展開だと思う。しかし、デートの誘いも電報を使うのかと思わせられる。デートは、上野の美術館、動物園。戦時中に猛獣は殺されたので、動物がほとんどいない、という会話。このシーンで小林はプロポーズする。最初は断る高峰だが、小林は諦めない。この日の帰り、駅の改札を出た際に、定期券の期限が切れていたのだろうか?駅員−南道郎に呼び止められるが、歩いて行く二人。小林は追いかけて来た駅員に殴られる(こゝでも「お前ら、唖(おし)か!」と云われる)。このことがあり、高峰は、二人で助け合って生きていくことを誓うのだ。
さて、後半の梗概は端折ってしまおうと思うが、結婚後の二人には、様々な困難が待ち受けている。中でも私が一番書き留めておきたいと思ったのは、高峰の弟役、沼田曜一の活躍だ。ある意味、彼の魅力が爆発する。特に、高峰の生活の糧、あるいは自己肯定感の拠りどころと云ってもいいような、ミシンを奪ってトラックに乗せ逃げるシーンが素晴らしい。また、えんえんとトラックを追う高峰と息子のショットがいいのだ。ちょっと長いけど。この悪意の爆発があるからこそ、高峰の失意の大きさに納得性が出、品川駅から列車に乗る高峰と小林が、二つの車両の連結部の窓で会話する場面の感動を増幅する。また、二人の手話での会話シーンはほとんどツーショットだったのだが、この列車内の場面では、しっかり切り返して見せるのがいい。
あと、終盤、息子の一郎が6年生になってからの場面で、友達を家に連れて来て、高峰も入ってジェスチャーゲームをする、幸せな時間の場面も重要だと思う。息子が手話で伝えるので(ちょっとずるい)、誰よりも早く正確に高峰がお題をあててしまうのだ。屈託なく笑う高峰。この後の加山雄三の登場以上に、エンディングとの落差という意味での作劇に、よく機能していると思った。
#備忘でその他の配役等を記述します。
・冒頭場面の姑は荒木道子。小姑に根岸明美。近所の人で藤原釜足と中北千枝子。小林桂樹に父母兄弟はいないが、叔父さんは織田政雄。
・新婚旅行は海辺の温泉。女中の一の宮あつ子に、2日分の米を渡して泊る。結婚後の近所の商店街で、中村是好、八波むと志、井上大助らが出て来る。
・高峰の聾学校時代の先生で南美江。息子が喧嘩した子の母親で怒って来る賀原夏子。学校の担任の先生は河内桃子で校長は加藤武。
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