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[コメント] 赤ちゃん泥棒(1987/米)

不可逆性の無常と滑稽を語り続けるコーエンは、象徴的なショットを必ず挿入する。多くが滑稽かつ陰惨な風景(宙を飛ぶ車、死体、流血etc)。が、ここでは「(さらった)赤ちゃんがかわいくて離せなくなっちゃった」と喜びと当惑で半ベソのホリーと、不安な変てこ顔のケイジそして赤ちゃんのスリーショット。嘲笑的でも僅かに優しいのが常だが、これは優しさ全開。「頑張れ」と言っている。まずここで涙が出る。
DSCH

**ネタバレ注意**
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「赤ちゃん」と「家族」の「現実的負担感」、「世のふつう」の世知辛さ。世のおとうさんの通過儀礼を前に、これも半べそのケイジのマンガ顔が素晴らしい。それでも(彼なりに)一線は越えず、出来ること(これも変てこ)をやるだけだ、というミニマムな足掻きが、またケイジのマンガ顔で補強される。不器用が服を着て歩いてるみたいだ。つくづく素晴らしいと思う。『ワイルド・アット・ハート』はこの作品の、暴力性にフォーカスした変奏であるようにすら思える(制作年はこの作品の3年後)。

「赤ちゃん」もまた不可逆性の無常と滑稽をもたらす産物で、本来のコーエンであればこういった材料を媒介としてこじれ、後戻りできなくなった人生に最後は面倒とばかりにゼロをかけてしまうのだが、コーエンの嘲笑寄りの作家性は、「赤ちゃん」を素材にしたことで全力で回避されようとしている。赤ちゃんは未来への一方通行をゆく生き物であり明るい不可逆性そのものだ。「赤ちゃん」経由で人生をゼロにはできない、いや、してはならんのだ、という素朴かつ力強いコーエンの優しさがうれしい。登場人物の的外れな全力ぶりに「頑張れ」と言っているのがわかるのが泣かせる。赤ちゃんがもたらす未来のイメージは不可逆的に壊れた夫婦関係に可逆的な希望をもたらしているのだ。「大丈夫だ、やり直せる」というメッセージはコーエンとしては珍しい。

単発でもうれしい作品だが、コーエンのフィルモグラフィを踏まえてみれば重要な作品であることが分かるだろう。コーエン作品において不可逆的な状況を生み出すのは金や女であることが多く、体温がない、もしくは狂った体温をもつ事物であり、それは滑稽な悲劇にいたる。ここでは「赤ちゃん」だ。正しい「体温」の映画。

死の化身みたいなロック野郎に「世界の暴力」を表象させ、これに抗う最後のバトルもいいよね。とても可笑しく撮ってあるが、実は切実なシーンだ。

(評価:★5)

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このコメントを気に入った人達 (1 人)ぽんしゅう[*]

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