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[コメント] サマー・ソルジャー(1972/日)

セミドキュメンタリー・タッチに善意の活動の頓挫を記録。兵隊には慰安所が必要だよねいう主張なのだろう。
寒山拾得

**ネタバレ注意**
映画を見終った人むけのレビューです。

これ以降の文章には映画の内容に関する重要な情報が書かれています。
まだ映画を見ていない人がみると映画の面白さを損なうことがありますのでご注意下さい。







岩国の米軍脱走兵を保護した李礼仙はふたつの組織を訪ねる(それぞれテロップが出るから本物なのだろう)。最初は「IAMA(国際反軍委員会)」で、応対したアメリカ人は、ここは脱走兵を匿う訳ではない、裁判込みの除隊の相談をするのだと説明する。李は折り合わず去る。そして東京へ出て「東京ダック会議」という組織に依頼する(後半、京都でも、脱走兵は深夜喫茶でダックの若い女ふたりに発見される件がある)。殆ど説明がないのだが、ここは家族ぐるみで脱走兵を匿う組織のようだ。映画は主に、この組織のいい加減さを描くらしい。ダックのメンバーの佐藤慶が脱走兵の面接で活動の意義を疑っているが、そのように事態は進展する。

脱走兵は自動車整備工場で仕事を始めるが、その先どうするのか見通しがあるように見えない。保護者たちは善意で活動しており、中村玉緒は「興奮してきたわ」と反戦活動への参加を喜悦したりしている(田舎に帰されて二度と登場しないというギャグがある)。脱走兵はストレスを募らせるらしく、これも保護者である北村和夫の娘の風呂場を覗き見したり、黒柳徹子を口説き始めたりして、警察呼んだら匿ったのをバラすぞと脅し、亭主の小沢一郎に脱走するんじゃなかったと嘆く。

この件は、何を云いたいのだろう。善意の活動も相手がクズだと酷い目に合うよね、という感想を抱けばいいのだろうか。まさか、脱走支援の活動をするなら慰安所も設けるべきと云う訳でもあるまい。ダックは駄目でIAMAのほうがいいよと云うのだろうか。ドキュメンタリー出身監督にしては各組織の情報が何も記録されていないのは手落ちと思われる。

この脱走兵は序盤、死にかけたベトコンを治療せず尋問させられて、尋問が終わったら彼は死んでしまった、という告白をしているが、この告白は週刊誌的な情報を喋っただけだったのかも知れない。彼のちょび髭はそういう軽薄さを纏っている。逃げただけで反戦家の気骨など何も見せない(あれば全然別の映画になっただろう)。映画は、こういう中途半端な奴も保護されるべきだと捉えるべきだろうか。そうなのかも知れないが、それならこんなシニカルに描かなくてもいいようなものだと思う。本作のシニカルなタッチは観客に、ベトナム反戦活動への嫌悪感を抱かせるためのように見える。

結局、脱走兵は岩国に戻り、李礼仙は別の米兵と同棲しており、IAMAに出向いて書類書いて基地へ出頭するところで映画は終わる。この組織は別に米軍の出先ではなく仲介組織のようで、反戦や良心的兵役拒否(カトリックでないと兵役拒否は駄目なのではないのかと脱走兵が語り、それは違う、そう思い込ませるのがやつらの作戦だと教えられる件がある)が施設内で語られている。

もうひとり、カメラ目線で登場するマッチョマンの米兵は『サンパブロ』のマックィーンがいいなどと、どうでもいいようなことを饒舌に喋りまくるだけで、酔っ払いなんだろうとしか思えず、何でこのインタビューが必要なのかまるで判らなかった。

面白いショットといっても殆どない。序盤の李礼仙の部屋で米兵が、危険を感じると上の天井に近い小さな押入に猫のように避難し隠れるアクションは素晴らしかった。京都逃亡時のダックに見つかる深夜喫茶は、ニス塗った折り畳みテーブルとソファーの組み合わせで卓上には簡易灰皿と瓶ビール、という懐かしい風景。骨董品屋も味があり、古の京都のいい処が記録されていた。いいのはそのくらい。

(評価:★2)

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