[コメント] 白い指の戯れ(1972/日)
これは驚きのある、いいオープニングだ。この渋谷の陸橋と喫茶店「トムソン」、及びレッカー車については、最終盤まで何度も登場し、良い場面を作る(現在の渋谷ストリームの辺りと思われる)。荒木一郎の登場シーンも、この陸橋を降りて来る姿だ。
また、本作には神代辰巳の影響が色濃く感じられる部分がある。まず第一に、男たち(谷本一や荒木)が歩きながら、口上のような独り言を喋るということ。さらに、荒木がギターを爪弾き、下馬二五七の歌が始まる「馬鹿じゃなかろうかルンバ」から阿波踊りに至るBGMの使い方。ちなみに、この荒木含めた男4人と伊佐山と石堂洋子の6人による、赤い浴室での乱交シーンの演出は、本作の一つのクライマックスだろう。
あるいは、複数人物(多くは男女が歩くシーン)をハンディカメラで追って、同録で撮らずに(アフレコで)自由な動きをつける演出基調も神代っぽいと感じながら見た。ただし、要所でカッチリとした固定ショットや切り返しも挿入される。谷本の部屋で、彼が鼻の上に棒状にした新聞紙を立てるのを見る伊佐山のリバース・ショット。伊佐山と石堂のカラミを導く、裸の伊佐山が浴室を出て、床にうつ伏せになる場面では、アクション繋ぎを見せたりもする。そして、もう一つの全編のクライマックスが、終盤のバスの中、スリをしたと騒ぎだてる乗客と詰問される荒木を見る伊佐山のリバースショットだろう。伊佐山の視線と表情の不安定さがいい。
一つ期待外れだったのは、タイトルが表すような手や指のスペクタクルがちっとも画面に定着していないことか。ちっともは云い過ぎかも知れない。情交シーンで女体を舐めるようにパンしながら、手を滑らせる演出は意識してつけられている部分も認めたが、スリの場面での手指の演出については、ほとんどお座なりなものに思えた。勿論、ブレッソンのレベルまで期待していたワケではないが、それでももう少し見せて欲しかった。
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