[コメント] テオレマ(1968/伊)
この、地面に影が流れるカットは、劇中、何度も挿入される。背徳の隠喩だろうか。会社経営者へのインタビュー場面と、セピア色のモノクロで、BGMのみの科白隠蔽シーケンスが続く。こゝで、主要人物を見せる。すなわち、学生の下校風景で、邸宅の息子と娘(アンヌ・ヴィアゼムスキー)。奥さんはシルヴァーナ・マンガーノ。メイドのラウラ・ベッティと郵便配達とのやりとり。
そして、中盤(終盤近く)までは、息子の友人で、邸に逗留しているテレンス・スタンプが中心に存在するプロットだ。まずは、落ち葉を集めるメイドのベッティと関係する場面。邸の前のベンチで本を読むスタンプを気にして、ベッティが邸と庭の間を走るのが、ナンセンスで可笑しい。次に息子を篭絡するスタンプ。二人は同じ部屋で寝ているのだが、スタンプが素っ裸になるので、隣のベッドが気になる息子。マンガーノと関係するのは別荘か。なぜか二人きりだが、彼女が、スタンプの脱いだ服やズボン、パンツを見るシーンは、終盤の伏線になる。若きヴィアゼムスキーは、彼女一人だけ、若い胸を見せるが、これはスタンドインではないと思いたい。邸の主人(マンガーノの夫)−マッシモ・ジロッティとの関係は、一番ちゃんと描かれないが、会話から自明だろう。
さて、スタンプは急に居なくなり、再登場しない、という構成も図太くていい。このあと、邸のメンバーは皆、変化するのだが、何と云っても、メイドのラウラ・ベッティが面白い。奇蹟を起こす聖人(ルルドのベルナデットのよう)になるなんて予想だにできないではないか。宙に浮くカットが良く出来ている。本作は、このベッティの造型の豊かさがキーポイントだろう。ただ、涙で泉を作るという部分で、泉のカットを最後まで見せてくれなかったのは、ちょと残念だったが。あとは、ジロッティが、駅で服を脱ぎ出すカットはゲリラ撮影だろうか。もっと大胆に撮って欲しいと思った。彼がカルストの丘を走り回る帰結は、落ち着きが良くて好きだが。
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