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[コメント] マッチ工場の少女(1990/フィンランド)

カウリスマキ「敗者三部作」のトリは本当の袋小路だった。(Reviewに『パラダイスの夕暮れ』『真夜中の虹』のネタバレあり)[下高井戸シネマ]
Yasu

**ネタバレ注意**
映画を見終った人むけのレビューです。

これ以降の文章には映画の内容に関する重要な情報が書かれています。
まだ映画を見ていない人がみると映画の面白さを損なうことがありますのでご注意下さい。







アキ・カウリスマキによる『パラダイスの夕暮れ』『真夜中の虹』『マッチ工場の少女』の三部作は、それまでどうにか生活してきた人物が、あることをきっかけにいよいよ立ち行かなくなる、というプロットが共通している。

それでは立ち行かなくなってどうするかというと、「この土地(フィンランド)を去る」というのが前2作の解決法であった。主人公たちは『パラダイスの夕暮れ』ではロシアに、『真夜中の虹』ではメキシコへと、それぞれ旅立つ。それはつまり、フィンランドで生活が成り立たない状態では、外国こそが希望の場所であったからだ。

しかし、これら2作と本作の間に何があったのかは知らないが、その幻想は最後になってもろくも打ち砕かれる。本作の冒頭で流れる、北京・天安門事件のTVニュースは、外国がもはや絶対的な楽園ではあり得ないことを仄めかしているのだ。外国へ行けばなんとかなる(と思われていた)時代から一転、国を出ても出なくてもドンづまりなのは同じ、という絶望的な状況が到来したわけである。

そして、マッチ工場に勤めるヒロインは、いよいよ進む道がなくなり、罪を犯す。罪といっても盗みのようなせこいものではなく、人殺しである。当然、刑務所に送られることになるだろう(※)。つまり、国内には居場所がない、外国もダメ、ということになったら、高いコンクリートの壁の中、あるいはいっそのこと天国(地獄?)に行くしかない、ということなのだ。

というわけで、本作をカウリスマキ映画の中で最もブラックな一本として認定。うへえ。

ちなみにカウリスマキは本作の後、現実逃避的な『愛しのタチアナ』を撮ってから、『浮き雲』から始まる「フィンランド三部作」で、苦しいながらもこの土地にしっかりと足をつけて生きる人々を描くようになる。

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※最初「刑務所どころか場合によっては死刑になることもあるだろう」と書いたが、ちょっと調べてみると、フィンランドでは1949年に死刑制度が廃止されていた。この場合、いいのか悪いのか。

(評価:★3)

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