[コメント] 毎日が夏休み(1994/日)
自閉スペクトラムを根性で矯正できるわけがないから因果がおかしくなる。火事場に義父を向かわせたのは拘りなのだが、その現場で矯正が勃発する。しかし向かえた時点で矯正の必要がない。主軸は矯正ではなく意図せざる善にあり、
そのアンチカンティズムによって社会否定を肯定に向かわせる理屈(毎日が夏休み)が案出される。今から振り返ると、エピローグの懐古調は80年代文明の追憶に見える。
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