[コメント] たどんとちくわ(1998/日)
映画を見終った人むけのレビューです。
これ以降の文章には映画の内容に関する重要な情報が書かれています。
まだ映画を見ていない人がみると映画の面白さを損なうことがありますのでご注意下さい。
思わず見てしまったとしか言いようの無いつまらなさ!役者がもったいない。
役所広司も真田広之も、何でこんな役引き受けたのか。
しかしこんな映画でも“クール、かっこいい!”という人がいるのだから世の中分からない。
個人的にはこれから一生、後にも先にもこんなに嫌いな映画現れないんじゃないかって言う位嫌いな映画だ。
ダメな理由が3つある。
1.たどんとは昔使われていた石炭のような燃料の事なのだが、まずこれが今の時代に分かる人が何人いると言うのか。その時点で話に入り込めない。
2.役所と真田がそれぞれ”キレル”訳だが、キレルまでの過程がさっぱり 分からない。
切れる程の理由とは思えないし、普段おとなしい人ならまだしも、二人とも普段からおとなしく見えないし、常に誰かと揉めている感じだ。
つまりもともと精神的におかしい人が意味も無く発狂したようにしか見えないのだ。
殺人事件が起こって捜査の過程、もしくは裁判の過程で精神病が重要な鍵になるとかなら、面白いけど、精神病の人が発狂してる日常を見せられても不愉快なだけである。
3.監督の市川準はよく役者ではない一般人(おそらく)をエキストラとして使うが、このエキストラの演技してない素の顔などをカットに入れる(映す事)のである。
もともと その手法自体が嫌いである。
映画という物は非日常である。
現実に存在する場所を舞台にしたり、実際にあった事件などを元に映画化したり、「あの映画は内容がリアルだよね。」等と言うが、映画という非日常の中で描いているリアルさであって、それは現実ではない。
「素の演技」とも言うが、素のように見える演技なのだ。
だからこそ映画は面白いのだと僕は思うのだが市川準はこれに演技をしない一般人の素の表情をよく映画の中に挿入するのだ。
僕にとっては映画を見ている最中に 現実を思い出させて、興醒めと怒り、そして映画好きの人を馬鹿にしているとしか思えない。
その手法を使う事によって叙情的、ほのぼのといった評価を得ているのかも知れないが、この手法を使わなければ叙情的と言われないならば、叙情的と言われている作品など一本たりとも見る気はない。
「ノーライフキング」「つぐみ」「ご挨拶」「東京夜曲」と見たが個人的には一本も面白くなかった。
本木雅弘主演「トキワ荘の青春」、池脇千鶴主演「大阪物語」、田中麗奈主演「東京マリーゴールド」 等もそれぞれ佳作と言われてるが、たぶん個人的にはダメだろうと思う。
市川準は僕にとって生涯ワースト1の監督である。
(評価:)
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