[コメント] 機動戦士ガンダム 逆襲のシャア(1988/日)
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一方で、クェス役は、『Z』でアムロの恋人ベルトーチカを演じた川村万梨阿。クェスは、アムロに惹かれながらも、すでにアムロの傍にはチェーンが存在したせいで、シャアの許に走るのだが、幼稚なくせに分かったような口を利きたがる性格はベルトーチカを思わせる。チェーンは、わがままも言わずアムロに尽くす素直な女だが、自室にいたアムロを呼び出して待つあいだに、無重力の船内で宙に浮いて、膝を抱えた胎児の姿勢で目を閉じ、その姿を見てアムロは優しく微笑む。ガンダムシリーズにおける女たちの母性は、自らの幼児性が男の幼児性に共感するという構図になっているのではないか。その意味では、クェスがシャアの青臭い思想に共感するのもその一例だろう。
ニュータイプは、人同士で誤解なく分かり合える能力の持ち主として描かれてはいるのだが、共感によって全てを包み込もうとするララァの思念を夢に見たアムロは、彼女がシャアを「純粋」と呼ぶことに反撥し、最後までララァを巡ってシャアと反目し合う。シャアはララァについて「彼女は私の母親になる筈だった」とアムロに抗議する。シャアを「純粋」と呼ぶのは、ミライも同様。彼女はブライトとの間に子供がいる母親。シャアは自ら青臭い理想を掲げてテロリズムに走りながらも、政治的なアピールにおいて前面に出ざるを得ない自分を道化と言って自嘲する。そのような衒いそのものがいささか子供っぽいのだが、自らの役割にどこか疲れを感じさせるシャアを、ナナイはその胸に優しく包み込む。
母性への思慕。富野由悠季は映画パンフレットの冒頭で、この映画で描きたかったのは「男とはこういうものなんだ」ということだと書いている。要は、男とはマザコンでありロリコンである、ということだろうか。
シャアとアムロのニュータイプ同士が、地球壊滅の瀬戸際に至るまで痴話ゲンカを続ける一方で、アクシズの落下を食い止めようと、敵味方なく集まってくる一般の兵士たち。彼らの想いがサイコフレームの光の帯となり、アクシズの軌道を逸らす。これは、持って生まれた才能としてのニュータイプ、選民としてのニュータイプ思想を否定し、敵味方(更には地球人とスペースノイド)の区別を超えた愛こそがニュータイプの意味だと、言外に語っているように思える。
ところで、記憶にある限りでは、僕が最初に観たガンダムはこれだった。再見してみると、意外と一本調子な話。映画が始まった時点で既に、シャアは事を起こした後であり、観客は現在進行形の事態にいきなり放り込まれる。そのまま、一息ついたり、事態を別の角度から描くような場面も殆ど無いままに、終幕まで宇宙は荒れ続ける。全体的に、緩急という概念が欠落した、バランスの悪い寸胴な作品という印象を受ける。
ここでひとつ、ガンダム・シリーズそのものについても振り返りたい。MS・MA主体の戦争。パイロットの適性を持つニュータイプや強化人間の大半は、極端に感受性の強い若者(主に十代)。戦闘シーンで頻繁に交わされる、パイロット同士の会話。これらの結果、ドロドロの人間関係が戦局を左右するように。ファーストの頃はまだ、ジオンのパイロットがオッサン主体だったおかげで、巨人同士の白兵戦としての軍事的リアリズムが守られていたのだが。戦災孤児らが走り回るホワイトベースが幼稚園化しているのは嫌だったけど。
『Z』では、カツは早く死んでくれと終始イライラさせられたが、今回の、カツの再来のような青臭さのハサウェイによるチェーン殺しは本当に酷い。大人たちの戦争に憤る少年ほど、却って余計に理不尽な行動に走ってしまう鬱陶しさはこの映画に於いても健在。溜息。劇中でギュネイに、シャアのことを「ロリコン」呼ばわりさせているが、これは、過去のロザミア・バダムやエルピー・プルなど、精神的に不安定な強化人間の女性キャラたちのことを思えば、冨野監督自身のカミングアウトにも聞こえてしまう。
ただ、『ZZ』では完全にこちらの許容範囲を越えてしまっていた、ニュータイプの思念が直接MSに影響することによるスーパーロボット物への逆行現象は、この『逆シャア』では一応回避。サイコフレームはまだ最後の最後での奇蹟として許せる。
MSのデザインに関して言えば、最も美しい作品だと思う。翼のようなファンネルを有した、流麗さと重量感を兼ね備えるνガンダム。シャアのシンボルカラーである赤の映える流線形、名前からして高級そうなサザビー。そして、「足が付いていない」「あんなの飾りです、偉い人にはそれが分からんのですよ」の設計思想を最も美しく実現した、α・アジール。これが、ハサウェイの中二病的な振る舞いのせいで破壊されるのが無残。
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