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[コメント] マウス・ハント(1998/米)

意外にこの映画、色んな意味で「映画館で観るべき作品」です。子供向けの映画だと思って観に行かなかったのが哀しい。皆で笑いつつネズミ目線で世界を覗く映画。そこには教訓みたいなものもある。
煽尼采

**ネタバレ注意**
映画を見終った人むけのレビューです。

これ以降の文章には映画の内容に関する重要な情報が書かれています。
まだ映画を見ていない人がみると映画の面白さを損なうことがありますのでご注意下さい。







オープニング映像が『スパイダーマン』みたいでカッコイイ(笑)。

肝心のネズ公が現れる前にも、小さなものが物事を決定づける場面が何度もある。棺桶の取っ手一つで親父の遺体が飛んでいき、毛糸玉一つで工場の機械が詰まり、コックローチ一匹で一人のシェフが落伍者になり一人の政治家の人生が終焉、行き場の無くなった兄弟がオンボロ屋敷に一つだけのベッドを獲り合うのもコイン一枚で決まる。

小さなものが画面一杯に映し出されてその存在の大きさを示す場面でこそ、この映画の本領が発揮される。それはまた、小さなネズ公の世界観がこの映画の全体を支配しているという事でもある。このネズ公視点を体感するには、やはり映画館の大スクリーンが必要だろう。

この映画は、既存の映画でよく見かける「いかにも」なアクション描写が多く、それがネズ公の視点で展開する面白さが、見所の一つ。ネズ公が、紐に吊られた電球に飛びうつるターザン風の曲芸。ネズ公が、壁に打たれた無数の釘に身動きを封じられ、眼前に迫る釘から間一髪で逃れるスリル。背後から押し寄せる大量の水から走って逃げるネズ公。ネズ公の作戦によって、床が大爆発して大穴を空ける大破壊シーン。インディ・ジョーンズやダイ・ハードばりの、意外と本格的なアクション映画なのだ。それを、古い屋敷という閉ざされた空間を用い、様々な物に置き換えて描くアイデアが巧い。

怪獣映画風に描かれるニャジラや、「プロフェッショナルな闘い」を仕掛ける害虫駆除のプロ(クリストファー・ウォーケン)なども、その手の映画へのパロディが利いている。「敵の気持ちになって考えるのだ」というプロの台詞など、いかにもどこかで聞いたような台詞で、笑える。彼の車が、上にコックローチの模型を載せている所など、あのレストランの騒動を惹き起こしたアレが帰ってきたようで、こうした小ネタが細かい映画。

ネズ公は、人間に対してかなり本気で殺る気満々な攻撃を仕掛けてくるが、それは、人間がネズ公を殺そうとして仕掛けてきた攻撃を逆手に取る作戦で、だ。コックローチ一匹のせいで人生台無しになった兄が、その恨みを晴らすかのようにネズ公を殺ろうとしたのが事の発端でもあるし、劇中に出てきた、捨てられた動物を処理する衛生局に見られるように、人間の身勝手さがそもそもの原因という視点が見られるこの映画は、この意味でもネズ公の目線に立っている。この衛生局の場面は、猫の鳴き声くらいしか聞こえないが悲惨な場面ではあり、それをニャジラの凶暴さと可笑しさで中和しているのは、娯楽映画としての配慮かも知れない。ネズ公もまた、適度に小憎らしく、時々ネズ公らしい可愛らしさを見せる、という、絶妙なキャラづけが為されている。

人間側、特にあの兄弟は、計算外の事に巻き込まれてばかりいるが、逆にネズ公はほぼ全て計算通りに賢く事態を操っている。却って、あの弟が、ネズ公を攻撃するつもりなど全く無いままに壁に打ち込んだ釘や、兄に投げつけた果物が、ネズ公を命を脅かす。この、人間の計算外、ネズ公の計算通りに何かと何かがビリアードの球のようにぶつかり合って事が進むというスタイルは、最後のハッピーエンドにも活かされている。

兄弟の父親は、遺品として渡した一本の糸を解して分けようとする息子を制止し、糸は二本がより合わさってこそ意味がある、一緒に持っていろ、と、何やら毛利元就の三本の矢の話のような事を言う。ネズ公との格闘によって、遺産の中で金銭的な価値のあった屋敷は崩壊し、工場を高値で買ってくれる取引先も去り、残されたのはボロい工場と、ネズ公が食ったと思っていたあの糸。この糸が天啓のように空から兄弟の元に舞い降り、自然と二筋に分かれる。そうして、弟が継いだ工場で、兄がシェフとしての才能を活かす毛糸玉チーズの生産という、彼ら自身が、より合わさった一本の糸になった幸福な結末を迎えるのだ。

この結末を導いたのが、ネズ公。ネズ公は、闘いの中で見せたように、あれとこれとを組み合わせて巧い事をやってのける天才なのであり、ネズ公という姿をしたインスピレーションのような存在。兄シェフの肩に乗ってチーズの味を吟味するネズ公の姿を見て、「これって『レミーのおいしいレストラン』の元ネタじゃないの?」と思ったのは、僕だけではない筈。

さて、この映画の思い出として一つ記憶に残っているのが、或る時、『007/トゥモロー・ネバー・ダイ』の試写に行った際、この『マウス・ハント』の予告が流れていて、それに対する観客の反応。棺桶から飛んでいく親父に爆笑し、ネズ公がベッドで眠る姿に「かわいい〜」と微笑む。そうした、客席の笑いの相乗効果の只中にいて鑑賞するのが、この手の映画の正しい鑑賞法のような気がする。先述した「ネズ公目線」という以外にも、この辺の理由もあって、嗚呼、映画館で観るべき作品であった、と今更ながら思う。

この試写の予告で最後に出てきた場面、壁に映るミッキーマウスの影が、実はサクランボか何かを顔の左右に当てたネズ公で、「僕はあのネズミではありません」という宣伝文句が出てくる所は、客席に大受けだった。本編には無い場面だけど、その代わりというか、本編のネズ公は、ネズミとしてギリギリあり得るような形でしか手を使っていなかったのが、ネズミとしてのフェアプレー精神のようなものを感じさせる。まぁ、本物のネズミは、ベッドで寝ないし、あんな知恵も働かないとはいえ。

(評価:★3)

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