[コメント] 仕立て屋の恋(1989/仏)
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パトリス・ルコントの映画的身振りの純度の高さを改めて決定づけた作品である。この後、『髪結いの亭主』でも決める映画力の高い作品を立て続けに生み出した事実は、巨匠の名にふさわしいものとなった。この人、いわゆるヌーヴェルバーグ出自の人ではないが、さすがフランス映画高等学院出身だけに、映画的偏差値の高さが映画のルックスをきわめてスタイリッシュなものにしている。雷光によって、アリスの部屋を覗き見しているイールが判明されてしまう仕掛け、階段をトマトが転げ落ちることによってアリスとイールが出会う仕掛けなどなど、映画の旨みを引き出すフックのある演出は心ゆかしい。そしてドラマを引っ張る役者陣営の抑制も、ルコント演出の仕上がりをさらに高めた。覗き、殺人事件、女の裏切り、これらのモチーフにはどこにも新しさがなく、これまで幾千の映画に使い回されたノワール素材であるが、カットの間合い、シーンの映画的仕掛け、役者の佇まいによってドラマを想起させる感情移入への誘いが、どれもバランスよく達成されているため、アリスによって裏切られる主人公イールの哀れさが余計に胸に迫ってくるものがある。一瞬でも夢を見ることができた男の喜びが、もろくも崩壊する瞬間。コートという道具を介して語られる悲劇的瞬間のショッキングを周到に用意する運び。そしてイールの死の描き方も、計らずに迎える転落死とすることで、人間の哀れさをことさらに高める不条理を描き切る。この主人公の犬死にに、どこにも同情の余地はないはずなのだが、映画とは不思議なものだ。ピカレスクロマンともならないこの物語に、映画が主人公へ視点を与えることで、そこに得も言われぬ感慨が生まれてくる。現代的な物語では特に珍しくなった主人公の描き方だが、こうしたドラマツルギーは昔話や寓話や残酷童話の類に見受けられるものだ。ルコントが本作で描いたものは現代の人情を風刺する教訓であった。こうした作劇はやはり同国のエリック・ロメールの作品にも見受けられる。これはフランスというお国柄から生まれる映画の特徴だろう。フランス映画を代表するジャンル作品として改めて見るのも面白い。
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