[コメント] 書かれた顔(1995/日=スイス)
歌舞伎をフリークショーとしか解せないドメスティックな脊髄反射に文化相対の作法はとうぜん反発する。クロスジャンルは越境ではなく漂流の結果であり、その弛緩に身を任せた玉三郎は形式主義者たる役者の本分を発揮して、言動をどこまでも軽くする。
脊髄反射と文化相対の作法はもっともフリークな大野一雄パートの劇伴に作品全体の制空権を奪わせることで妥協に至っている。
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