[コメント] ニッポン無責任野郎(1962/日)
植木のあまりに調子よいキャラは現代では敬遠されるのが当たり前。しかし、そういった尺度で図れないところにこの作品が良さがあると思うのだ。
高度成長期という、今では想像でしか描けないあの時代。確かにどんどん生活水準が上がっていった時代でもあるのだが、その流れについていけない人も大勢いたという。そりゃそうだ。世間の波が人を引っ張っていった時代なのだもの。
当時はまだ戦争の影響としての「集団の中の個人」が主流であり、米国流「個人としての個人」という考えは少なかった。つまり、容易に出る杭は打たれた時代だったのだ。「個人主義」と「協調」の狭間に居た市井の人たちは矛盾を多く抱えていたという。だからこそ、世の中はこういった破天荒なキャラを望み、そしてそれを大きく受け入れた。
「植木みたいな社員がいたらどう思う?」
「そりゃあ困るけど・・一人くらいいても面白いよなあ」
そういう会話が上映後の映画館前で多く交わされたらしい。自分の部下や同僚だと困るけど、端で見ている分には気持ちの良いキャラクター。会社というストレスの巣窟を一夜で引っくり返してくれるキャラクター。それが植木だったのだ。
時代が生んだ、一般市民の中のヒーローが植木だったわけだ。こんなキャラクターはあの時代だけのものであり、そのまま残してあげるのが本当は良いのではないかなあ。このシリーズ、今の尺度で観てはいけないのですよ。
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