[コメント] 叫びとささやき(1972/スウェーデン)
映画を見終った人むけのレビューです。
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2020年に早稲田松竹で鑑賞したのですが、近年『鬼滅の刃』とか『アナ雪』とか、兄妹、姉妹ものが大ヒットする傾向にあるような気がします。他に何かないかな?『間宮兄弟』とか? で、『叫びとささやき』は三姉妹です。召使はアンナ。 ウディ・アレンに『ハンナとその姉妹』という映画がありますが、これはアンナと三姉妹。てゆーか、ベルイマンを分かった上で、初期ウディ・アレンを観直したい。
私は、ここ10年ほど、やっとベルイマンを観られるようになりました。 そして毎度毎度「難しい」「分からん」と叫びながら、機会があればまたいそいそと映画館に足を運ぶのは、単純に好きだからです。「いたたまれなくて逃げ出したい」とささやきながらも映画館の大きなスクリーンで観たいんです。
映画は、冒頭から「不自然」をぶち込んできます。 過剰な時計音と赤い部屋。 鐘の音に合わせて切り替わるタイトルテロップ。 「姉と妹とアンナが看てくれる」と日記に書いた直後、姉と妹とアンナが真っ赤な部屋に真っ白な服で登場する(そのバシッと決まった構図の美しいこと)。
ベルイマンの映画って「不自然」なんですよ。 でも、その不自然さの向こうに人生の真理がある。真理って言うか、人間の根幹にある痛い所をえぐってくる。ガチなリアリティをぶつけてくるわけじゃないのに、人間の嫌な面を見せてくる。
それに、「難解」なんだけど「奇怪」じゃないんです。 多様な解釈が可能だから難しいんです。分かるんだけど難しい。何が正解なんだか分からないから難しい。だって、それが「人生」だから。 まるで、ルネサンスや写実主義的な西洋画のような美しさを纏った「禅問答」。
次女が幼い頃、母と「触れる」エピソードがあります。 彼女はアンナと触れ合うことで一時の安息を得ます。そして死後、姉と妹に触れることを求めますが拒絶されます。 また、三女は長女との和解を求めますが、長女は「触らないで」と嫌がります。 一方、この映画には男女の触れ合いが描かれません。むしろ、夫や浮気相手の「触れてくれない」様を描写します。
「触れられない」コロナ禍でこの映画を観たのは、個人的には何かの因縁かもしれないとさえ思いました。 そしてふと、『ハンナとその姉妹』の終わり方ってこの映画ととてもよく似ていたような気がして、でもその読後感が真逆なような気がしてきました。 やっぱり初期ウディ・アレンをもう一度観ないとダメだな。
(20.11.03 早稲田松竹にて鑑賞)
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