[コメント] ラスト・ショー(1971/米)
アメリカン・グラフィティと馬鹿が戦車でやってくるとの共通性。
**ネタバレ注意**
映画を見終った人むけのレビューです。
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ボグダノビッチのラスト・ショーでは1950年代の朝鮮戦争出征前の米国の片田舎の若者たちの青春群像が描かれ、そのけだるい雰囲気はバックに流れるカントリー・ミュージックに象徴されていた。かたやルーカスのアメリカン・グラフィティでは、ベトナム戦争出征前の米国の片田舎の若者達の青春群像が描かれるが、ここで流れる音楽はロックン・ロールだ。主人公のボトムズとドレイファスは共に報われない恋をするが、それも大人になるためには通過しなければならない儀式のようなものだったのかもしれない。そしてベン・ジョンソンとウルフマン・ジャックという人生の先輩に、これからの指針を授けられるのだ。ラスト・ショーでいつも箒を持って道に立っている知恵遅れの少年は、まるで山田洋次監督の馬鹿が戦車でやってくるで犬塚弘が演じたいつも火の見櫓に登っている知恵遅れの男と同じようだ。彼らは共に救われない死を迎え、映画の第三コーナーを彩るアクセントとなっている。シビル・シェパードの恥じらいながらのストリップ・シーンも見ものである。
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