[コメント] 大地のうた(1955/インド)
映画を見終った人むけのレビューです。
これ以降の文章には映画の内容に関する重要な情報が書かれています。
まだ映画を見ていない人がみると映画の面白さを損なうことがありますのでご注意下さい。
この映画は死の(そして生の)映画。死を見るための映画だ。
以降はこの間提出したレポート(のようなもの)。まんま。ほとんど。恥ずかしー!レベル低ー!
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「大地のうた」は芸術系インド映画の中では最も頻繁にメディアに紹介され、また私が唯一タイトルを知っている作品だった。恐らく日本における「七人の侍」や「羅生門」のように海外での認知度が高い、その国を代表する映画なのではないだろうか。同様にサタジット・レイもインドの代表的(芸術系)映画監督なのだろう。
欧米映画を中心に手をつけてきた私にとって、当然のことながら初めて鑑賞したインド映画‐「大地のうた」‐は独自性の塊であった。タイトルやクレジットのインド系文字、劇中使用されるインド系楽器、登場するのはもちろんインド人のみ・・・。人物の顔の見分けがついてきたのは後半になってからのことだった。
ジャン・ルノワールの影響を受けたといわれているが、「大地のうた」のどこにそれがあるのかよく分らなかった。「大地のうた」はシリアスなモノクロ作品であった。一方、ルノワールの「河」は非常にのんびりとしたムードが漂っている。ヴィヴィッドな色彩設計と異国情緒風味が特徴の映画である。
《リアリズム》が「大地のうた」を貫く背骨のようなものだろう。この側面から見ればむしろイタリアのネオレアリズモに非常に近い存在である。
まず第一に「無防備都市」や「自転車泥棒」といった代表的作品は役者ではなく素人を多く出演させている。「大地のうた」も日本語のクレジットを見る限り母、父、オプを演ずるのは同じ家族のようだ。彼らが役者であるか否かは分らないのだが、少なくとも一般的な配役法ではないだろう。
第二に《退屈さ》の面で共通している。娯楽性に著しく乏しいといってもよい。ネオレアリズモ作品には楽しい、観客を飽きさせない魅力的なストーリーは殆どない。「大地のうた」はそれらよりも更に面白さが含まれていないように感じた。当時の映画祭で上映されたときも極めて多くの批評家・観客から《退屈》と評されている。
第三に‐それにも拘わらず‐空虚なのではなく、作品の顔となるメッセージが存在している点だ。デ・シーカやロッセリーニの代表作には《退屈さ》を帳消しにするだけの力がある重要且つシリアスなメッセージがあった。例えば「無防備都市」はラストの(ネタバレのため自粛)シーンにエネルギーが集中されているのだと思う。
「大地のうた」は静謐な死(とそれに伴う生)を巡るドラマである。この作品はおばとドガの2つの死のシーンに多くが凝縮されているのだ。
おばの死は極めて自然だ。オプと姉が気付くと既に絶命している。このような死が描かれた映画はまず見かけない。大抵の映画では人は殺されるか、自殺するか、遠まわしに死が示唆されるかのいずれかである。変哲もない道で老婆が天寿を全うする、といった死は映画的にいえばドラマティックではない為に忌避されてもおかしくない。逆から見ればこの映画でのドラマティックではない死は強烈な印象を与えてくる。
そしてドガの死だ。彼女が生死を彷徨っている夜のシーンは不吉そのものだ。雨風のため家はがたがたとうるさく鳴らされ続ける。死に伴う不吉さを間接的に描写した巧い演出だ。そんな姉の死を両親は嘆き悲しむわけだが、ここで一つ思い出したことがあった。以前どこかの授業で耳にしたのだが、一言でいうとインド人は死を恐れるどころかむしろ歓迎しさえする、との言葉だった。
しかしそのような説は「大地のうた」を観る限り否定されなければならない。インド人は極めて特殊な民族でも何でもなく、人の死を悲しむ点では我々と全く差異はない。謹厳な死を巡るドラマは根源的で普遍性を有するのだ。
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ノンフィクション作家の沢木耕太郎はインド旅行中、「ボビー」という大娯楽作品を観て熱狂している観客を目にし、ここの人々は夢を与えてくれる映画を求めているのでありサタジット・レイなど観たくもないのだろう、と述べている。確かに貧しい階層の人間には敬遠されそうな映画だ。
ただ、「大地のうた」のようなシリアスでリアルな作品もまた、観客の心の共振を呼び起こす力があることも忘れてはならないだろう。娯楽映画とシリアス映画といういささか両極端な2つの系統で有名な(実際はその中間層も山ほどあるのかもしれないにせよ)インド映画は観客層の選択肢が他の国々と比べ明確なのだろう。
最後に印象に残ったシーン。河に浮かぶ流木、アメンボの群れ。蛇がするすると地面を這うシーン。これらの自然描写は心を掴むものがある。何故だかはよく分らない。
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