[コメント] ダンサー・イン・ザ・ダーク(2000/英=独=米=オランダ=デンマーク)
これだけ人物類型を極端に表現されると、わが意を得たりとばかりにその造形に賛同する人と、ものすごく反発する人とに別れたことだろう。しかし、その人物類型を理解したうえでのことだから、実は、リアクションが違うだけなのだ、という言い方ができると思う。
このセルマほど毀誉褒貶いろいろな意見が拮抗する人物造形も少なくないが、これほど強烈な存在感は誤解されようがないくらい輪郭が明確で、その明確化のレベルの高さに自分は激しく感動したのだった。また、その押し付けがましすぎるくらいの監督の表現への執念にも激しく感動したのだった。これに対する観客のリアクションは好悪激しく分かれるしてもリアクトするポイントは厳密にずれのない一点ではないか。
ものの考え方がものすごく狭く、(身体的欠点をそのまま例えに持ち込むのは失礼かもしれないが)文字通り盲目的なセルマは、一本道しか知らない。
現実とまともにぶつかった瞬間に眼前に訪れる幻視のような、ミュージカルのイメージにしても、なぜこのようなときにこういうシーンをさしはさむのか理解に苦しんで反発する観客は少なく、あまりに逃避的なセルマそのものへの反発だから、好きか嫌いかしか生まれようもないのだ。
どうにでも読まれうるオープンな作品、繊細でポストモダンな作品ばかりがやたらと氾濫するだけに、この逆をいく押しの強さは実に貴重だ。
それにしても、この群舞シーンの振り付けや個々人のダンスレベルの低さにはあきれてしまう。アステア=ケリー時代は遠くなってしまった。しかし、このレベルの低さも、セルマの夢想のいわば限界であるからこそ設定された、意図的なものであり、一般人の一般人たるレベルの夢想を生々しくあらわすための戦術である。こうしたリアリズムは全く経験したことがなかったために、その意味でも造形への執念に激しく打たれてしまったのだ。
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