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[コメント] リリー・マルレーン(1981/独)

企画物に忍ばせた毒針。唐突というか雑な展開に戸惑う
ペペロンチーノ

**ネタバレ注意**
映画を見終った人むけのレビューです。

これ以降の文章には映画の内容に関する重要な情報が書かれています。
まだ映画を見ていない人がみると映画の面白さを損なうことがありますのでご注意下さい。







2024年に4Kデジタルリマスター版を映画館で鑑賞。これが初鑑賞。1982年に37歳で早世したファスビンダーが死ぬ2年前の35歳に撮った「晩年の」作品。

ファスビンダーというかドイツ映画全般でいつも言ってるんですが、腑に落ちない(笑)。登場人物の感情の流れが全然理解できない(笑)。なんかもう、いろいろ唐突。「ここ、男女の機微が描かれてて良いよね」というシーンが何ヶ所かあるんですが(たぶんファスビンダーもいいシーンだと思って撮っていると思う)、そこに至るまでの経緯とか伏線とかが雑。以上が正直な感想。

この映画、ファスビンダー屈指の大作と呼ばれているそうですが、本作の上映後にドイツ映画研究者の渋谷哲也氏(たぶん映画字幕もこの方じゃないかな?)のトークショーがあり、おかげでいろんな情報を知ることが出来ました。映画が腑に落ちたかどうかは別として。

戦闘シーンとか、すごい金かかってるじゃない?戦車が燃えたり爆風で人が飛んだり、フォギーのようなソフトフィルタがかかったような映像が多い中で、まるで別の映画みたいだと思ってたら、本当に別の映画なんだって。ペキンパー『戦争のはらわた』の未使用フィルムの借用だってよ。そりゃ人も飛ぶわな。スローモーションでなくてよかったな。ああ、あとフィルタのかかったような映像ですが、この時期のファスビンダーはラリってたんだそうですよ。きっと世の中がそう見えたんでしょうな。

それよりも興味深かったのは、この映画の企画は「ファスビンダー発」ではなく、「ハンナ・シグラ&リリー・マルレーン」ありきで、ファスビンダーは「頼まれ監督」(ハンナ・シグラからの指名)だったということです。当時低迷していたドイツ映画界に「ニュー・ジャーマン・シネマ」という光明が差した時期だったので、「一気に世界的なヒットを狙いましょう」という「企画物」だったとか。

そこで興味深いのは「頼まれ監督」ファスビンダーの視点なんです。結論を言ってしまえば、映画の企画意図とファスビンダーの視点が異なるのではないか?という話です。

その前提として、ドイツ映画研究者・渋谷氏のお話を聞いて「なるほどな」と思ったんですが、1980年当時のドイツ国内での「かの戦争」の捉え方があります。なんて言ったらいいのかな、「私たちが悪うございました」とは言えない。国あるいは国民感情として、かの戦争をまだ内省的に捉えられていない。実際、映画にはヒトラーもゲッベルスも実物は登場しないんですよね。ヒトラーが描かれるのは、イタリア・イギリス合作映画『アドルフ・ヒトラー/最後の10日間』やアメリカ映画『ヒトラー最期の日』はあれど、ドイツ映画では2004年の『ヒトラー 最後の12日間』まで見当たりません。

で、渋谷氏は、「立ち位置の違い」の例として、同時期の世界的大ヒット西ドイツ映画『U・ボート』を引き合いに出したんですね。そう言われてみれば、超面白い映画ですけど、内省的に戦争を振り返った映画ではない。むしろ、言わば「僕たちも戦争の被害者なんですよ」映画のように思います。これは日本でも同じですよね。岡本喜八や塚本晋也は別として、映画もドラマも圧倒的に「僕たちも戦争被害者なんですよ」物が多い。未だに「あの花が咲く丘がどうした」みたいなもんが撮られている。

で、もしかするとこの『リリー・マルレーン』も企画意図は『U・ボート』と同じだったんじゃねーか?と思うのです。

「生粋のアーリア人歌手(女)とユダヤ人の恋人(男)の第二次大戦下での話(この設定は史実らしい)」、「売れない歌手と富豪の御曹司の芸術家(王子様)」、やれユダヤ人の救出だ!収容所の様子を写したフィルムがどうした!「スパイ大作戦的な要素!」、もう世界視野のヒット作を狙ってる匂いがプンプンする。(でも、内省はしていないから、アウシュビッツなどの収容所の名前が一度出てくるだけで、名前以上の何かが描かることはない)

これがドイツ以外の国の映画だったら「ドイツ人=悪人」「ユダヤ人=ヒーロー」という構図で成り立つんです。でも、1980年の西ドイツ映画で国民感情を考えたらそうは描けない。「いや、ユダヤ人だって悪いんだよ。金持ちだし、怪しげな秘密結社作ってるし」ということになる。でも、世界的な売れ線を狙ったら「ドイツ悪くないもん」「アウシュビッツとかなかったもん」とは言えない。その難しい要素を手堅くまとめた企画物だと私は思うんですよね。

その「角の取れた主義主張のない話」にファスビンダーが毒針を刺すんですよ(笑)

ファスビンダー自身がカメオ出演しているんです。演じているのは、ユダヤ人秘密結社に協力する怪しげな反ナチ活動家のリーダー。「ギュンター・ヴァイゼンボルン」と思わせぶりに名乗るので、意味のある名前なんだろうと思って調べたら、著名なドイツの作家・劇作家にして反ナチス運動家だそうです。

つまり、企画の段階では「中立」だったはずが、自分が出演することで政治的な意図を持たせた。これがファスビンダーの矜持。

(2024.08.31 Bunkamuraル・シネマ 渋谷宮下にて鑑賞)

(評価:★3)

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