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[コメント] 女は二度生まれる(1961/日)

あの人は自分にとって何だったのか、という問い。
ちわわ

**ネタバレ注意**
映画を見終った人むけのレビューです。

これ以降の文章には映画の内容に関する重要な情報が書かれています。
まだ映画を見ていない人がみると映画の面白さを損なうことがありますのでご注意下さい。







小気味よいテンポで進行する、なんて洒落た映画だろう。

そのテンポの良さは、主人公の芸者「こえん」のキャラクターにも起因する。 僕ら男性を振り回す、女性特有の直観的行動というべきか。 いわゆる「魔性の女」って「私は悪女よ」って自意識をもって 行動するひとってイメージがあるんだけど、この「こえん」はそれとは違う。 もっと良心的、いわゆる気だてのいい女。 だから、男性達とも、真に仲良く接する。最近の援助交際の女の子とは そこが決定的に違う。(といいつつ、惚れ込んでいる俺)

こういう一人の女性に、様々な男達が群がる。彼女を徹底的に所有しようとする 男性、「愛のレッスン」を期待するハイティーン(後で変化する)、軽薄な遊び人。 彼女がひたすら恋心をいだく真面目そうな大学生。

そして、事が終わってから、あの人は自分にとって何だったのか、という問いが 強く浮上する。 ことさら強調された演出がなされるのではない。シーンとシーンの間 (この間が何ヶ月も、時には何年も経っている)の彼女の変化から、彼女にとっての この問いの重みに気づくことが できる。小道具にもそれを気づくことができる(腕時計)。

男性達のなかでは、フランキー堺の存在がひときわ大きい。どちらかというとちょい役 。一度、肉体交渉があっただけ。でも内心は本気で相手のことを思って、 あの人、いい人だったといつまでも思いづける。 この彼女とこのすし職人の関係・・・見終えたあと、深い感慨をのこすところである。

この感慨は、私たち自身の記憶とも合い通じるところがあるからではないか。

(評価:★5)

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