[コメント] イチかバチか(1963/日)
本作は、中堅の鉄鋼会社社長の伴淳が、全財産200億を使って、新たに大規模な製鉄所を建設しようとするお話。なので、伴淳が主人公と云えるが、彼が右腕として雇った高島忠夫と、製鉄所誘致のために画策する愛知県の架空の市(東三市という)の市長−ハナ肇を加えた、この3人が主人公と云ってもいいだろう。
高島の登場は雨の西銀座七丁目、沢村いき雄が運転手のタクシーの中。こゝに質素な社屋の本社がある。団令子が傘を差し出す。社長がお待ちかねです。彼女が社長秘書だ。当然ながら高島と団の恋模様も描かれるが、それは後の話。高島は伴淳とは旧知の間柄、戦争で死んだ息子の友人か。今の会社の給料は?5万5千円。ほな、6万5千円出そう。これは伴淳の吝嗇なキャラの描写でもある。彼のドケチぶりは全編徹底されていて、常にぬるいお茶を出す点が反復されるが、高島と二人で、ぬるい風呂に入るシーンがケッサクだと思う。東三市市長からの届け物の花束に付いていた大きな木の名札を、女中の千石規子に命じて風呂の焚きつけに使うクダリ。ちなみに、ケチな人物を関西弁にするというステレオタイプについては、関西人の私としては、ちょっとどうかと思うところもある。
さて、伴淳が自宅に帰ると知らない車と運転手−中山豊がいる。家の中でお経を読む声がする。家に入るとお坊さんじゃなくて、東三市市長だった、というのがハナ肇の登場シーン。こゝからのハナ肇の押し出しは圧巻だ。何と云っても千石が伴淳の靴下を脱がした後、左足を千石、右足をハナが持って、2人で足袋を履かせる場面が出色の出来ではないか。そのまゝ伴淳を引きずって広間へ行き、フロアに地図を広げて強引なプレゼンに持ち込むのだ。
というワケで、中盤からは愛知県豊橋に近い東三市が主な舞台となる。登場人物も、市長秘書の水野久美、有力市議−山茶花究、旅館の女中−塩沢とき。芸者の横山道代、そして謎の女(市長の妾?)−福田公子らが加わって、川島らしい群像劇になる。しかし、プロットの焦点が、ハナ肇の市長は信頼できる人物なのかどうなのか、という点にあたってくるところがポイントだと私は思う。例えば、彼の女性関係のだらしなさ、みたいな場面が繰り返し描かれるのは大事なお膳立てなのだ。高島を接待する宴会中に、少し中座して芸者の横山を抱き、何事もなく座敷に戻って来る、なんて場面はとてもいいと思う。
あと、高島と団令子についても少し触れておこう。実は本作のこの部分は少々物足りない見せ方だ。一目惚れ、といった演出もなく、一方的に高島がモーションをかけ、いつの間にか、団令子も応じている、というように、恋愛の機微のような部分は端折られている感が強い。ただし、エレベーターの中でのキスシーンは、こゝも唐突な演出だが、俯瞰と仰角の画面造型については川島らしい狭い空間を逆手に取った、迫力のある演出で唸らされた。
そして、終盤の市庁舎屋上のモブシーンがとても見応えのある場面だ。かなり大がかりなエキストラの規模だろう、画面奥の道の方にも人が見える。こゝだけの出番の戸籍係−谷啓の登場も満足感を上げる。主要人物がみんな集合してのスピーチ合戦になるが、伴淳がきっちり締めた感が強く、やっぱり彼が主人公だと納得する。エピローグはちょっと不思議な終わり方で、これが川島の遺作だと知って見ている私には、遺書的な象徴も感じ取れてしまうのだが、しかし、力のある作品であることは間違いないだろう。その力強さには、全編に亘ってものものしい劇伴も効果をあげている。
#備忘でその他の配役等を記述します。
・高島は企画室長で雇われるが、元からいる総務部長は村上冬樹。
・労組メンバーで、田武謙三、二瓶正也、小川安三。ラスト近くまで絡む良い役。
・東三市市議会議長は松本染升。ワンシーンのみの出番。
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