[コメント] ピアニスト(2001/仏=オーストリア)
映画を見終った人むけのレビューです。
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まだ映画を見ていない人がみると映画の面白さを損なうことがありますのでご注意下さい。
ひとつは、昨今の画面にCGと現実とが混在するバーチャルな映像に慣れ親しんだ我々の目はかような芸術を理解する眼を失っていて、この映画に沈黙と静かな演技に逆転の圧倒力を感じることができる。これはスゴイ。
そして、ここ数年で「ピアニスト」に関する映画を何本か見たが、その美しさではポランスキーの『戦場のピアニスト』と双璧である。この壁は数年超えることができまい。この音楽の美しさ。このメロディー。そしてその音の美しさ。音楽知識の全くない私にでさえ、このメロディーの美しさが胸を打つ。圧倒的な迫力で胸を打つ。
音楽を題材にしながら、この映画は沈黙を模索する。「ピアノ」というカテゴリー以外で音楽に乗るのはテノールだけだ。それも刺身のつまだ。全く印象に残らない。しかしピアノの旋律だけはいつまでも残る。セリフも全く少ない。長まわしのカメラは延々とその画面に映る人物を写し続ける。そしてその情緒がこぼれいずる僅かな涙に見る者は圧倒され感動をもたらす。
この抑圧。音楽とは?読んで字のごとく、音を楽しむものだ。しかしながらこの主人公エリカの表情に楽しさはない。そしてその姿勢も全く”楽しい”というスタイルではない。むしろ修行か苦しみか。なのに、その現実を甘んじて受け入れる彼女の冷徹な姿は、この映画の全てを物語り語りかける。
母親とはかように娘を拘束したいものなのか。この母親にしてこの娘だ。しかし娘というにはあまりに年老いている。日本人の目からしても必ずしも美しいとはいえない。なのになぜ彼女の魅力に惹きつけられるのだろう。執念かその抑圧への同情か。いずれも複雑な物語を予感させる導入部だ。
美しく若い男。この青年の才能が彼女を凌駕する。一目で青年の魅力に惚れ込んだエリカは、しかし自分のステータスを動かすことができない。それでも好きで好きでたまらない。そして嫉妬。青年が若い女性を励ます姿を見て、いてもたってもいられなくなる。このシーンの迫力。沈黙、そして長いカメラのシーン。しばらくして静かに涙を流すエリカ。このシーンの美しいこと。見事な感情表現。このシーンをじっくり見ることができて嬉しい。このシーン、この女性の嫉妬。屈辱。そして反転する性的な意識。この感情。全く無表情の鉄面皮からこぼれる涙。このシーンの美しさを感じることができて大変良かった。
この監督。初老の変態オヤジかもしれないが、否、この美しい映像と残酷なまでの展開。性という複雑な関係と芸術を見事にシンプルに再現した。ラストシーンの後、エンドロールのこの沈黙こそがこの監督の語りたかった音楽への愛情表現と見るのは無理があるだろうか。
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