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[コメント] クジラの島の少女(2002/ニュージーランド=独)

なんだか綺麗だった。よくわかんないけど。 2003年10月29日劇場鑑賞10月31日劇場再鑑賞
ねこすけ

**ネタバレ注意**
映画を見終った人むけのレビューです。

これ以降の文章には映画の内容に関する重要な情報が書かれています。
まだ映画を見ていない人がみると映画の面白さを損なうことがありますのでご注意下さい。







先日見た『夏休みのレモネード』と似ている気がした。この映画で言う「(マオリ族の)伝統」とは、『夏休みのレモネード』の「宗教」みたいなものだと思う。古い考え(この映画では爺さん、「夏休み〜」では親父)と、新世代の考え方(両映画の主人公)の対立と、拘るだけが全てではない、と言う結論。

まぁ両者ともコンセプトは全く違う様な映画なので比較するのも何だし、別に比較したところで何か結論が出るでも無いのだが。

独立し、自分を持つと言う事の大切さ。この映画は伝統を否定せずに、且つ意志を尊重している。頑固を通すジジイと、必死に好かれようとする娘。望まれず生まれてきて、望まれていない事を知りながらも必死に慕おうとしながらも「神聖な場所を汚すな」と怒られるシーンには否が応でも感情移入してしまう。

頑固で、必死に伝統に(恐らく心のどこかでは固執する事に対して疑問を感じながらも)固執し続け、孫娘を愛しているのに愛していない、と自分に言い聞かせて生きてきたジジイ。そんなジジイにどうにかして必死に好かれようとする主人公のポジティブな姿には感動した。クライマックスのクジラに跨っているシーンでは美しさと力強さに一人で呆然。

話としてはありがちなものだが、この映画は映像の美しさとよく言われる結論と、それ以上の何かがあった。伝統を守る事に固執しすぎて身近な物を見落としていた事に最後に気付くジジイの「未熟な私をお許し下さい」という台詞にはなぜだか涙が止まらなかった。

つーかあの主人公がジジイに宛てたスピーチのシーンで泣かずにこのシーンで泣いてる俺は何なのかよくわからんのだが・・・。

ラストシーン。孫娘を抱えて幸せそうに船に乗っている二人。周りにも新しい指導者を見ながら満足そうに船の行く先を見ているギャラリー。しかし、彼らが見ているのは伝統に沿った指導者ではない上に、主人公は一人で全てを背負い込もうとしている訳ではない。

ただ単純に途切れたロープ(村人のメタファーでしょうね)を繋げる事しか考えてない。彼女はそれが指導者の役目だと信じているから。

きっと親父もその事に気付いたんでしょうね、最後は。男だから、女だから、指導者だからじゃなくて、もっと大切な事を。

文句なしに★5

ちなみに、マオリ族に会いたくてニュージーランドに行かなくても、ハワイのオアフ島のポリネシア・カルチャー・センターで会えます(笑)

なんか劇中では語られていませんでしたが、女性は口元に、男性は顔中に刺青をしていたのもまた、彼ら(マオイ族)のしきたりだそうです。

そんな彼らの挨拶は「きよらぁ〜」って言うそうです。覚え方は「清原ぁ〜」で(笑)いや、マジでガイドさんがそう言ってました。

――――再鑑賞後レビュー

さすがに二度目となると泣きはしなかったが、やはりこの映画が良い映画、と言う事が確かめられた。ラストのパイケアの台詞。「私は預言者(perdectと言っていたけどね)ではない」と言う台詞。この映画ってそれなんだよね。

親父のが必死に必死に一人で背負って、劇中のパイケアのスピーチの中にもあるように、”疲れて”しまうんだよね。

やっぱり★5

ちなみにこの映画の中でもマオリ族の挨拶「きよら」は何度か発音されてました。鼻をこすり合う(これも挨拶)時とかに言っていた。

(評価:★5)

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このコメントを気に入った人達 (1 人)スパルタのキツネ[*]

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