[コメント] 血は渇いてる(1960/日)
「血は」というよりは「血に」、ドライというよりサースティなのだ。センセーショナリズムへの警句は、それを売り物にした松竹ヌーヴェルバーグ自身、及びそれに続く当時の日本映画全体への戒めでもある。喜重はこの後、愛と情念しか描かなくなる。
( 町田)
投票
| このコメントを気に入った人達 (0 人) | 投票はまだありません |
コメンテータ(コメントを公開している登録ユーザ)は他の人のコメントに投票ができます。なお、自分のものには投票できません。
| CinemaScape−映画批評空間− | 表紙 | 映画目次 |
| このコメントを気に入った人達 (0 人) | 投票はまだありません |
コメンテータ(コメントを公開している登録ユーザ)は他の人のコメントに投票ができます。なお、自分のものには投票できません。