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[コメント] 座頭市兇状旅(1963/日)

シリーズ4作目にして極めた。あらゆる登場人物がやるせない「業」を背負い、その業火の痛みをひとり背負う座頭市。ドラマは巧みに計算され、ラストの市の軽快な踊りは逆に背筋が寒くなる。第1作に★5をつけてしまったので★6が点けられないのが無念。
sawa:38

**ネタバレ注意**
映画を見終った人むけのレビューです。

これ以降の文章には映画の内容に関する重要な情報が書かれています。
まだ映画を見ていない人がみると映画の面白さを損なうことがありますのでご注意下さい。







冒頭、市は見ず知らずの若者に命を狙われる。当然のように切り捨てられた若者に市が問う。「何故だ?何故だ!」自分の首に10両の懸賞金が懸かった事実を知る市。人情だとか恩だとか礼儀だとか・・・世の中の仕組みすべてをひっくり返すような「金」の魅力。見ず知らずの人間が突然殺しにやってくるという恐怖と無常感。

すべてはこの冒頭のエピソードが物語っている。このエピソードを太い柱として脚本は進んでいくと思われた。だが、作品は私の意に反して、様々な登場人物を描き出していく。そしてあらゆる登場人物が皆やるせない「業」を持っていた。

特に3人の女の描き方は絶妙であった。

上記の若者の母である「老婆」はひとり息子を市に切り殺されている。その仇であるはずの市にはからずとも親近感を抱いてしまう。市の優しさ・礼儀正しさがそうさせるのだが、息子の仇であることに変わりは無い。

「娘」はまるでロミオとジュリエットのように父の野望の為に禁じられた恋を封印しようとする。娘にとり市は友であり、唯一の理解者、そして唯一の救世主でもあった。

そして第1作から登場している市が愛した女「おたね」は浪人の愛人となっており、かつて清純だった頃の自分を知っている市に劣等感を抱く。その複雑な感情は今なお心動く愛情もあるのだろう。だが市との過去に戻ることは出来ない、浪人とのすさんだ未来に突き進むしかないことも知っている。

ラストすべての登場人物が廃屋での壮絶な斬りあいの場に揃う。様々な業が業火となり市に降りかかる。中でも浪人が死ぬ間際に言い残した「おたね」が市を金の為に裏切ったという文言、これが真実なのかどうかは分からない。だが市は叫ぶ。

「おたねさんは(心が)綺麗な人だぁ!」

市は自身の中に芽生えた疑心を打ち消すかのように叫ぶのだ。かつて愛した女との美しき思い出を汚さぬように叫ぶ。自らのアイデンティティが崩壊するのを寸前で食い止めようとする必死の叫びだろう。

はたして、かつて愛した女は金の為に自分を売ったのだろうか?本当のところは分からない。だが、作品は冒頭でのエピソードの無常感に巧妙に舞い戻っていた。

世の無常、誰からも愛されない男、他人に優しさを持って接してもソレが返ってこない男、孤独な男。

ラスト市は突然祭囃子に合わせて踊り出す。お茶目で可愛らしささえある踊りを披露しながら皆の前を去っていく。笑顔で。

だが、振り返った市の顔は笑みが無く険しく精悍な「座頭市」の顔のアップで作品は終幕した。第1作から本作まで続いた一連のシリーズは、まさに壮絶な「座頭市」の精悍な恐ろしい表情で終わった。やはり市は愛した女からも金で売られたのだろう。もはや捨てるものなど何一つなくなった、そして信じるモノなど何一つなくなった男の旅が今始まろうとするラストシーンであった。まさに救いのない哀しくやるせない絶品のラストだった。

第1作で提起された「座頭市」というダーティーヒーローがこの第4作にして漸く完成されたのだと思う。このラストから全26作にも及ぶシリーズが始まったのだ。そう思いたい。

(評価:★5)

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このコメントを気に入った人達 (1 人)ぽんしゅう[*]

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