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[コメント] ミリオンダラー・ホテル(2000/独=米)

でもトム、本当の天使は君なのかもしれない。 キーワードは「自我」
ゆうき

**ネタバレ注意**
映画を見終った人むけのレビューです。

これ以降の文章には映画の内容に関する重要な情報が書かれています。
まだ映画を見ていない人がみると映画の面白さを損なうことがありますのでご注意下さい。







■U2のボノがプロデュース・原案を手がけヴェンダースが監督したアメリカ・ドイツの合作作品。社会から隔離された弱者たちが住むミリオンダラーホテルで一人の男がビルから落下して死ぬという事件を軸に物語は進む。主人公トムの一人称で寓話的に語られるこの映画の核となるテーマは「自我」であり、トムをはじめ事件を捜査するFBI捜査官の「自我」、トムが想いを寄せるエロイーズの「自我」、それぞれの登場人物のエゴを深くえぐり出したかのような作品だった。中でもやはりトムを中心にエロイーズ、FBI捜査官のスキナーの三人の心情が動いていくところが見所だと思う。

■FBIの捜査官という社会的地位が確立された立場にいながらも自分も障害を持っていて社会的弱者という苦境を味わったことのあるスキナーは最初はただ単に捜査に利用しようとしていたトムにだんだんと感情移入していき事件の真相を頭の中で作りあげていく。トムを犯人として捕まえるように率先して動こうとする刑事や、被害者の父親に対して激しい怒りを露わにするそのスキナーの姿は深く彼のエゴを浮き彫りにしている。

■主人公トムに想いを寄せられるエロイーズも友人の死から心を閉ざしていたが、トムの純粋無垢な愛情を感じるにつれだんだんと心を開いていく。トムが事件の犯人とされたときには必死でトムをかばおうとする。トムが「エロイーズは風のようだ。つかまえようと手を伸ばしても風のようにするりと逃げてしまう」と表現しているようにストーリー前半ではまったく感情がないかのように無表情で何を考えているのかもわからないようなエロイーズがトムと関わることによって笑顔を見せたり、心の内をトムに話したりしていく過程は見逃せない。

■そしてなにより一番強烈な印象を与えられたのが知的障害者であり中性的な性格を兼ね備えたトムだ。知的障害を持っているだけにその行動や言動はとても不器用なのだが彼の中にとても強烈な「エルローイに自分の存在を気づかせたい」という欲望がある。そしてそれがエゴとなって彼の頭の中でふくらんでいく。その障害と感情をそのまま表に出す性格ゆえに、より彼の「自我」というものが浮き彫りになっているところは見事な描写だと思う。

■究極のところ、このミリオンダラーホテルで起こった事件の犯人はいないのかもしれない。それぞれの人物の人生や思想や強烈な自我が交錯する中で時に現実的に、そして時に幻想的に描かれるこの映画にもはや答えはない。大切なことは犯人が誰なのかではなくて、それぞれの人間がそれぞれの自我を持って生きているという事実のように思う。当たり前のことなんだけど、それをここまで強烈にえぐりだしたという点でこの作品は深い。

■全体を通して最初にトムのビルの屋上を鮮やかに走りそして天使のように飛ぶ姿を持ってきている点、哀しいまでに美しい映像、その映像にマッチしたU2のバックミュージック。そしてなによりトムを演じたジェレミー・デイヴィス、エロイーズを演じたミラジョボヴィッチ、スキナーを演じたメル・ギブソンをはじめ出演者の演技力は素晴らしいものだった。

■トムは言った。「ビルから飛び降りているときわかったんだ。あぁ、人生って素晴らしいものなんだって。まるでエロイーズは天使だった。」−−−でもトム、本当の天使は君なのかもしれない。

(評価:★4)

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