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[コメント] ディア・ドクター(2009/日)

刺激のない刺激的作品です。
chokobo

**ネタバレ注意**
映画を見終った人むけのレビューです。

これ以降の文章には映画の内容に関する重要な情報が書かれています。
まだ映画を見ていない人がみると映画の面白さを損なうことがありますのでご注意下さい。







誤解を恐れずに申し上げますと、正直に申しまして前作『ゆれる』の方が、タイトルといい、題材のとらえかたといい、この映画より上位に位置していると思います。

先日(2010/01/12)発表になったキネ旬ベストテンで第一位を獲得されましたが、映画としては間違いなく前作の方が面白かったと思います。

まず、西川美和監督ですが、彼女は是枝裕和監督のもとで学んだ方のようで、いわれてみると確かに、是枝裕和監督の意識する、自然な風景と自然な人物表現が類似しているかもしれません。是枝監督は明らかにドキュメント的な表現を意識し好む監督でいらっしゃるので、その影響が西川監督の作品にも反映されているように思います。

しかし、あきらかに役者の演技、と申しますが、これは演出なのかわかりませんが、カメラの捉えかたといい、微妙な表現の演技といい、良く見ていないとその人物の心境が読み取り難いような面をチラっと見せる妙味が西川監督の特徴のようです。

それはもしかしたら小津安二郎成瀬巳喜男のような、日本が世界に誇る古典映画の演出を巧みに学習してのことかもしれませんが、かといって女性らしさを強調するでもなく、逆にたくましいほどの冷淡な視点でもって映画を構築しているように感じます。

この作品は偽医者が無医村に赴任して、農村の人々から慕われてしまう、というお話。これだけだとファンタジーで終わってしまいましが、西川監督はそこに刑事(警察)という現実を落とし込むことで、現実とファンタジーとの境界線を観客に突きつけます。これはかなりシビアな挑戦ですね。

ずっと慕っていた医者が偽医者(無免許医)だったと知らされた農民が、愛らしくこの偽医者をかばうこともなく、淡々としているところがシビアですね。良いとも悪いとも言わない。この医者を偽としらずに研修に来た若い医師(瑛太)でさえも、何か言いたげでありながら言葉を発しない。

末期癌になった老女(八千草薫)の娘(井川遥)は本当の医者ですが、この本当の医者ですら、この偽医者だったら末期癌の母親をどのように死なせるか見たかった、などとおぼろげにコメントする。

結局、無医村問題は「どうにもならない」という現実と、偽でも本物でも僻地に医師が必要なんだよ、ということを言いたかったのでしょうか?

今回は役者陣もゴージャスで上手い役者が揃いましたね。特に余貴美子さんは上手い。素晴らしい演技。

それとやっぱり八千草薫さんがお上手ですね。ラストシーンのあの笑うとも怒るともなんともいえない表情は相当工夫されたんでしょうね。絶妙な演技でした。

笑福亭鶴瓶さんをこの映画の中心に据えたことで、この映画の成功は約束されましたね。鶴瓶さんそのものがこの映画の支柱になっていました。偽医者の鶴瓶さんが刑事の追及から逃げて、その刑事たちと駅のホームで接近遭遇するシーンがありますね。前作『ゆれる』でラストシーンに使われた手法。今回はバスではなく電車でしたが、電車が通り過ぎるとアロハ姿の鶴瓶さんが消えている、という演出は正に西川タッチ。

西川監督は役者の微妙が動きや表情の変化などをチラっと見せて、映画の中で見えないものを観客に見せようとしています。だから映画そのものは平板で特徴のないようなものに思われますが、このラストシーンなどそのほかの色々なシーンを見ても、役者の演技に余韻が残るんですね。セリフの後にしばらく静寂がやってくる。

この映画のテーマにしても、どうしようもない現実、というものをどーんと映画として見せておいて結論は語らない。その代わり役者の巧妙な演技と余韻だけを写しとって、あとは観客に判断を委ねる、という手法はなかなか大人びていてい凄いなーと思いました。

2010/01/12(自宅)

(評価:★4)

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