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[コメント] 乱(1985/日)

黒澤明の孤独
ぱーこ

**ネタバレ注意**
映画を見終った人むけのレビューです。

これ以降の文章には映画の内容に関する重要な情報が書かれています。
まだ映画を見ていない人がみると映画の面白さを損なうことがありますのでご注意下さい。







この大作を見ていると、他の映画をあれこれ思い出す。広大な原野と山筋はロード・オブ・ザ・リングだ。騎馬兵と歩兵の合戦はレッド・クリフかキングダムなどの中国戦記。女君の物腰は雨月物語。城壁の前で語らう二人では、千と千尋の神隠しのなんでもない1シーンまで思い浮かぶ。どちらが先だかわからない、これら映画的伝統の流れにある大作であることは間違いない。

まだ正気の仲代達也が夢を見た、といって独白する。誰もいない風吹き荒ぶ荒野を一人歩いている。恐ろしい孤独、これが妙に心に残る。これはあきらかに監督の心の声だ。黒澤明には事実信仰がある。目に見えるものをそのまま撮影すればそれが間違いなく本物となる。ところが彼が撮りたいものは彼の頭の中にしかない。この脳内の真実を映像化する試みが彼の映画である。入道雲。風になびく草原。雲に隠れる太陽。群れて走る軍馬の響き。燃え落ちる天守閣。こうした絵画的モチーフを繰り返し画面に定着する。

役者もまた彼の脳内にあるイメージを示すために駆り出される。顔のアップも少なく劇中の役割記号を課せられた人形のようだ。舞台演劇のような見せ方。シェイクスピアと歌舞伎を混ぜ合わせてそれを日本の原野のなかで繰り広げるこの奇妙な映像は随分と抽象的な絵柄で時代劇を借りた前衛劇かギリシア悲劇のようだ。ピーターの道化など異物を混入したり騎馬隊の旗が原色で区分けされアフリカのアステカ文明ですか(そんなの知らないけど)、って感じでいかにも節操のない日本文化的な感じがする。

35年前の映画を今見ると、当時の雰囲気からは随分と外れた映画で世界のクロサワの超大作っという触れ込みのその圧倒的な画力で見せられるが、なんだかよくわからなかった、という感想を抱いた人が多かったのではないか、と思う。同じ孤独を扱って「もまあだだよ」の方がまだ安心してみられる。世界的な名声はあってもこの時期の黒澤明はきっと孤独だったに違いない。円熟した映画作家の力業で作られたこの作品の中核にあるのがこの孤独だと思われた。

(評価:★4)

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