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[コメント] 青春の蹉跌(1974/日)

発情した牝を演じさせたら桃井かおりの右に出る者はない。しかし映画作りの最低限のマナーを忘れた神代辰巳に涙ながらに☆1。
sawa:38

新宿の歩行者天国・コマ劇場前の噴水・上野駅構内で粒揃いの役者たちが熱演を繰り広げる。

しかし、その役者たちを遠巻きにする群集。エキストラではない。偶然その場に居合わせた通行人たちが物珍しい撮影風景を、驚き・興味深そうに見つめる。

映画って、しばし現実を忘れさせてスクリーンの中の世界に引きずり込んでくれる魔法の箱みたいなものじゃないのか?

あの群集シーンでそれらの魔法は突如途切れる。興味津々の通行人たちの視線の先は、ドラマの登場人物でなく人気俳優がいて、さらに大掛かりな撮影スタッフたちがいる。

映画制作には常に予算の問題がある事は承知しているが、2・30万のエキストラ代金の負担をけちってまで、映画の魔法をぶち壊す気なのか?30人程のエキストラで役者の周囲を固めて撮影したとしたら、どんなシーンが撮れるのだろうか?おそらく誰も気に留めない何でもない「普通のシーン」が撮れた事だけかもしれないが、何でもない「普通のシーン」が違和感のある「特殊なシーン」に化けてしまった。

私が悲しいのは、そんな事を承知でゲリラ撮影し、なおかつ平気で完成版として作品にしてしまっている点だ。脚本も撮影も邦画を代表する映画人じゃないか。妥協だったのか、それとも観客を馬鹿にしているのか、いや、ミスをミスとも感じなくなってしまっていたのかも知れない。

彼等は当時もそして将来も邦画を語る時に、欠かすことの出来ない人物であるのだから、そこがとても悲しいのです。

私は学生時代にエキストラのバイトをしていました。たかがエキストラですが、本作を見てそのささやかながらも重要な役割を誇りに思い直しました。

(評価:★1)

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このコメントを気に入った人達 (1 人)半熟たまこ[*]

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