[コメント] イン・ザ・プール(2004/日)
映画を見終った人むけのレビューです。
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奥田英朗の短編小説集“伊良部シリーズ”デビュー作の「イン・ザ・プール」の映画化作。原作の3編を取り出して独自解釈によってオムニバス形式で作り上げた作品。
21世紀になり、邦画の質は明らかに上がっていると思うけど、それはおそらく旧来の徒弟制度から離れ、“映画とはかくあるべし”という図式からようやく離れてきたからだと思われる。これらの映像作家に共通するのは微妙な間合いの取り方の巧さ。台詞の言い回しもそうだが、実は黙っている時も画面の中で雄弁に語りかけてくる演出の匙加減が絶妙である。三木聡監督はその代表とも言える人で、それらの微妙な間がことごとくツボにはまる笑いになるのがこの人の演出の特徴。
本作は精神病患者の奇行よりもその癒しの方に重点が当てられているので、会話が主体となるが、なにせ本来癒し手であるはずの伊良部の方が無茶苦茶なため、その会話が絶妙。一体次の瞬間何を語るのか全く分からないし、通常の会話では到底出ることのない汚い言葉がポンポン飛び出すため、爆笑しながらぐいぐいと引きつけてくれる。それでこれからどういう言葉が出る?と思わせてくれるので、沈黙の部分が映える。そう言う意味では沈黙の持つ雄弁さを本当によく分かった作り方であると言えるんじゃ無かろうか。
元より邦画は沈黙の演出を大切にしていたが、とても微妙な演出が必要とされるからこそ、やはり時代によってその沈黙の演出も変えていく必要があるのではないだろうか?
勿論それでこの演技に耐えるだけのキャラが必要となるのだが、キャスティングも見事。主要キャラのみならず、ナレーションからタクシーの運ちゃんまで、ぴったりした配役がなされてる。特に松尾スズキの怪演ぶりははまり役すぎて、この人が画面の中にいるだけで笑えてしまう。後で原作の方を読んだら伊良部は巨漢で子供のような顔と行動ぶりが特徴なのだが、あまりにもこの役が強烈すぎたので、原作読んでも、どうしても松尾スズキの顔がちらついてしまうほどだった。
作品そのものは原作に沿っているとは言え、随分改編されているし、特に市川実和子の物語は原作から離れてほとんどオリジナルだけど(だから多少ラストシーンは浮いて見える部分もある)、その改編が絶妙の間合いを生んだとも言えるだろう。
物語は癒しを主題にしているが、これを観ている内にだんだん正常と異常の境界の差が曖昧になっていき、だんだん自分自身の異常性なんてものまで考えさせられるようになるのが特徴だろうか?はてさて、私は正常なんだろうか?
特に新しい邦画の可能性を語るためには是非とも観ていただきたい作品である。
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