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[コメント] ハート・ロッカー(2008/米)

映画自体の画期的な側面と物語としての退屈さを併せ持つ作品。
甘崎庵

**ネタバレ注意**
映画を見終った人むけのレビューです。

これ以降の文章には映画の内容に関する重要な情報が書かれています。
まだ映画を見ていない人がみると映画の面白さを損なうことがありますのでご注意下さい。







 これまでの映画史を振り返ると、アメリカでは実際に起こった戦争を映画にするるまでにかなりの時間を必要としていた。

 これは、戦争を物語化するためには、その戦争そのものの実体を掴み大局的な目で見る必要があることと、作品の質を向上させるためには冷静な目で戦争を見なければならないことから。

 それを無視して現在起こっているあるいは近年起こった戦争を描くならば、凡百な国威高揚になるか、あるいは薄っぺらい反戦作品にしかならない可能性が高い(比較的それを上手くやったのは『ジャーヘッド』だったが、あれは一切政治や民衆と関わらない一人の兵士の立場を貫いていたので可能だったと思われる)。

 第二次大戦以降のアメリカにおいては、朝鮮戦争であれヴェトナム戦争であれ、それを冷静に描くまでは約20年もの時間を必要とした。そのくらいの時間が経ってようやく例えば「マッシュ」のように戦争を茶化して見せたり、『プラトーン』のようにその戦争の意味のなさを語ることができるようになる(それでは『ディア・ハンター』はどうか?と言えば、あれは反戦の主張を入れたメロドラマであり、戦争そのものを描いたものではない)。

 その意味では本作の投入はあまりに早い。なんせ未だに戦争は継続中なのだ。

 それであるにも関わらず、本作はこのイラク戦争を冷静に見て描くことができた。本作がオスカーを取れた理由は、無理なことをやってのけたという点が評価されたことにあるのではないかと思っている。

 演出的には爆発物処理班の緊張感溢れる描写が本作の醍醐味で、ほんのわずかな手順の間違い、あるいは外部からの攻撃によって容易に爆発してしまう爆弾を至近距離で解体するといった作業の描かれ方は緊張感が途切れることなく、しかもその解体作業を変に劇的にせず、いつもの任務と言った乾いた雰囲気に持っていってるのも良いし、無事今日も生きて帰ってこれた時の、奇妙に弛緩した仲間たちや現地の人々との交流の時間の対比もおもしろい。

 上記のように本作の映画としていくつかの点では確かに素晴らしいものを持っている。それを認めるのは吝かではない。

 しかし、それでも尚本作が本当に面白かったのか?とまっすぐに問われるといくつかの点で疑問が生じる。

 一つには、この作品には一貫したストーリー展開があるのはあるのだが、非常に分かりづらいということ。一応本作を通して描かれているのは、ウィリアムが様々な人間との交流を通し、単純に爆弾を解体だけしていた自分自身の人間性を取り戻していく物語と考える事が出来るだろう。最後に再びウィリアムがイラクに戻っていくのは、戦争の高揚感が忘れられないからではなく、自分の華族を守るため、殺される子供を無くすため、いわば世界平和に少しでも貢献するために出かけていく。と私は見ているが、この部分の描写が淡々とし過ぎて、単に戦争の空気が忘れられず、PTSDにかかり、戻って行かざるを得ない。と言う具合の物語にも解釈できてしまう(それとも私の考えの方が間違ってるのか?)。

 いずれにせよもう少し劇的な部分と説明文句がないとそれが分かりづらい。それに物語自体もミニストーリーの積み重ねで一貫した盛り上がりも足りず。物語性のある一本の映画として考える場合、難点がいくつも出てくる。

 演出部分に関しても、確かに爆発物処理のシーンは緊張感があるものの、カメラの手ぶれが激しすぎて、酔いが生じてしまう。

 そう言う意味では色々と問題がある。ただ、画期的な側面と物語としての退屈さ。それを受け入れられるかどうかで評価が変わる作品とはいえるだろう。

(評価:★4)

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