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[コメント] 六月の蛇(2002/日)

塚本監督の作品は精神がシンクロしてしまうのが困ってしまいます。頭の中に強引に入ってくる感じです。だから大好きなんすけどね。
甘崎庵

**ネタバレ注意**
映画を見終った人むけのレビューです。

これ以降の文章には映画の内容に関する重要な情報が書かれています。
まだ映画を見ていない人がみると映画の面白さを損なうことがありますのでご注意下さい。







 何度か書いたが、私は悪夢を題材とした映画が大変好き。悪夢と言っても実際に眠って夢を見る場合もあるが、現実世界が徐々に崩壊していき、自分が一体どこにいるのか、何をやっているのか分からずに彷徨うと言う感じのも好き。どこかこの現実の表層をめくってみたら、変な世界がのぞき込んでいたというパターンが好きなんだろうと思う。

 それで現代の監督の中でそう言う世界を作ってくれる監督というと、あまり数は多くないのだが、日本で一番はなんと言っても塚本監督だろう。この人の描き出す世界はエロスと暴力、そしてフェティシズムに溢れているが、ただそれだけではなく、それらの奥底にある人間の極限の痛みと世界のドロドロした部分を描き出そうとしているようで、しかもその世界観がたまらなく私には合う。

 ここで登場するのはセックスレスだがそれなりに幸せな夫婦。平穏無事に過ごしており、それで良いのだと割り切っているように見える。しかし、一皮むけば…と言う構造になっている訳だが、その堕落へと誘うまでと、あっけなく墜ちて、そこから周りへ波及していく過程が見事。『鉄男 TETSUO』(1989)から一貫して変わらぬ塚本監督の姿勢がここにも貫かれているが、これまでの堕落に誘う存在が“訳の分からない存在”だったのに対して、本作ではかなり明確に描かれているのが特徴だろう。ここでの蛇とは堕落のメタファーだろうが、明確に“人間の形をした人間”であることが分かる。訳の分からない存在でない分、日常のどこにそう言う存在が潜んでおり、自分自身を狙っているかも知れない。と言う危うさを演出できていたと思う。

 ここで妻のりん子は淫欲な自分の本性が蛇によって暴かれ、泥沼のような変態への道へと足を踏み入れることになるのだが、面白いのは夫の重彦の方。当初、彼は目隠しされているかのように思われるのだが、やがて彼自身が真実を知ることによって、りん子と道郎の行為を“視る”ことによる興奮を知ることになる。結局二人は同時に変態的な道に堕落していくことになるのだ。何を考えてるのか今ひとつ捕らえられない神足裕司(恨ミシュランを思い出すなあ)の分からない表情を見事に画面にはまっていた。顔の表情を変えなくても、置かれているシチュエーションによって、真面目そうな顔になったり、助平そうな表情に見えたりする。そう言う意味では見事に映えていた。役者としても塚本監督は登場しているが、ここでも『鉄男 TETSUO』の“ヤツ”同様、人を堕落に導く役を演じているのも興味深い所。

 そして素材だけ見るならばAVになってしまいそうな素材をここまできちんと映画としての完成度に持って行ったのは、他にも演出の見事さ。本作において、画面はとにかく青く、金属の質感を持っている。その冷たさの中にあるからこそ、情感を徹底的に抑え、あくまでそれを単なる“行為”にしてしまうことが出来た。

 表層的な暖かさを拒絶し、冷たい金属の殻の中に情念を封じる。外に出てくるのは熱ではなく火花。こういうケレン味こそが私が塚本監督に求めているものであり、それが与えられたのがとても嬉しい。

 …そう言うことで、ストーリーに関しては敢えて目を瞑ろう。

(評価:★5)

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