[コメント] ルパン三世 カリオストロの城(1979/日)
映画を見終った人むけのレビューです。
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その点『カリオストロ』はジャケットが緑なところを除けば、慣れ親しんだルパンに近くて、これはいいな、と子供心に思ったのを覚えている。お話も、それまで見た、どのルパンのテレビや映画で見たことも無かったほど面白くて、水路を潜るシーンではいっしょに息を潜めたし、時計塔の追いかけっこでは手に汗を握り、宝物が遺跡だとわかるシーンではため息をついた(遺跡ネタが大好きだった。)。子供心にもこれはなんか他のアニメと違うと思った。
しかし最近見直すにつけ、どうも、やはり年をとったということなんだろうか、何か、メインのキャラクター、特にルパンとクラリスの顔が、妙にスッキリしてるというか、不思議なほどスカッとしてるというか、何か一線を越えた清さを漂わせてはいわしまいか。ということが気になって、映画にうまく集中できない。ここまで清らかな顔をしている人間はきっと裏にドス黒い欲望を隠しているに違いないという直観が働いて、しかもそれが映画の中で解消されないので、素面で映画が見れないというか。
似たような感覚は他の宮崎アニメ(多分『千と千尋の神隠し』と『となりのトトロ』以外全部)でも感じられるが、ここまで見ておれない気分になることは正直無い。 ラピュタでもナウシカでも、ちょっと無理をすれば、シータもパズーも子供だから(純粋)、ナウシカは聖女だから(純粋)とか、心理的決着がつけられるし、そういうもんだという気にもなる。 しかし、ことこの映画に関しては、それが出来ない。 たしかにルパンは泥棒である、しかしその前に大人である。その大人がどうして純粋な顔をしているのか?
謎である。
今のところ自分はそれを自分に納得させられないでいる。早くまた普通に見れるようになりたい。
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