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[コメント] 上海から来た女(1947/米)

財布の中身:小=庶民=ミクロと対極のマクロを繋ぎとめて、両者をセッティングした映画という場所に会わすのが巧く、帰納法と演繹法の両刀使いの名手オーソン・ウェルズは単純に凄いと思わせるのが巧い。
ジャイアント白田

**ネタバレ注意**
映画を見終った人むけのレビューです。

これ以降の文章には映画の内容に関する重要な情報が書かれています。
まだ映画を見ていない人がみると映画の面白さを損なうことがありますのでご注意下さい。







サメの共食いを題材にしておきながら、作品内容の構造とキャスティングは決して共食いを起こさないのはさらに旨い。そして一番興味の目が注がれたのはラストの台詞。若さ故の世間知らずの未成熟さ加減、恥を知ったときの衝撃を一気に書き留める坂妻の殺陣さばきを彷佛とさせるカメラさばきの早さは、流石はオーソン・ウェルズといったところか。

またラストに、大変大義名分が通った若さを武器に言い訳をするのだが、それは脳の記憶に眠っている『市民ケーン』を鑑賞者に呼び起こす作用もかねているかのようだった。『市民ケーン』が感動の琴線を触れたあの感覚が呼び起こされる想いを感じ取れた。オーソン・ウェルズが27歳で社会に向けて完成し仕上げた事を、彼は誇りに思っているのだろう。そうじゃないと、ここまで手の込んだ“衝撃の定着液(オーソン・ウェルズ社製)”を大々的に作って、何世代に渡って通じる名作として宣伝しなかっただろう。

伝説の肉体の哲学者ブルースリー、彼の主演『燃えよドラゴン』でも引用されていた鏡張りの部屋での戦いは、やはり本家であるこの作品には歯が立たない。ラストのサメの共食いの様を、サメの共食いを見たことのない人間でも想像しやすいように、そしてそこで終わるのではなく、それ以上の事が想像できるように、芸術的かつ本能的に映像化。体が無意識で反応して撮り挙げてしまったかのようなシーンに、オーソン・ウェルズの恐ろしさが垣間みられる。

[まとめ]

年齢関係なく、自分の価値観に自信が持て、確かな目を得たときの人間をとめることは出来ない。オーソン・ウェルズの作品然り、映画を問わず様々な作品を接することでそれが確かだと最近“確かに”気付いた。

2003/1/15

(評価:★5)

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このコメントを気に入った人達 (1 人)甘崎庵[*]

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