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[コメント] 誓いの休暇(1959/露)

生きる歓び
ルミちゃん

**ネタバレ注意**
映画を見終った人むけのレビューです。

これ以降の文章には映画の内容に関する重要な情報が書かれています。
まだ映画を見ていない人がみると映画の面白さを損なうことがありますのでご注意下さい。







戦争はあくまでも破壊と殺人.そこに歓びを表してはいけないのだけど、冒頭の戦闘シーンは、敵兵を一人も登場させないことと、漫画チックに描くことによって、手柄を立てた歓びを表しました.なんでもいい、手柄を立てた出来事があればよいのですね.

理由が何であれ、帰郷できる歓び.そして郷里までの道のりの出来事は、シューラとの巡り会いを含め、全てが生きる歓びを表していると思える. 「意外にいい人だと分かると、うれしくなるもね」シューラのこの言葉を代表に上げておきましょう.

チュフライ監督自身が、スターリングラード攻防戦に少年兵として参戦していて、自分と同じ年頃の多くの者たちが、全く名も無く散っていった中で、彼はわずかに生き残った一人であり、アリョーシャの姿に、自分の回りで死んでいった多くの者たちの心を託したと言って良いのでしょう.

愛すればこそ戦う、愛する者を守るために戦った心は、手柄を立て英雄と賞賛される者も、一発の銃弾に全く無名のまま散った者も、なんら変わるものではない事を、強く、強く表した映画.

社会主義体制下にあって、見え見えに戦争は嫌と描くわけには行かなかった分、人を愛することを、アリョーシャとシューラとの淡い初恋の想いを強く描き、失われた心の中に反戦への思いを込めている言ってよい.

ラストシーンの畑の中に続く一本の道.そのかなたにアリョーシャとシューラの姿が浮かんで見える.それは、一人の死によって失われた淡い初恋の想い、生きる歓びの失われた悲しさに他なりません.

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少し概念的に捉えてみましょう. 戦争は良いことか悪いことか、悪いことに決まっている.冒頭の戦闘シーンの描き方は悪ふざけ.悪いことを悪い方法で描いた、たから正しいのね.

片足を失った男は帰郷を躊躇う.そして、彼を待ち受ける妻. 他方、セッケンを届けに行った、その妻の場合は、別な男と贅沢な生活をしていた. この二つの出来事、これだけを捉えると、浮気した妻が悪い、と言う結論になるのですが.

「奥さん、水を一杯下さい」戦地で尋ねた家での浮気の話.列車の中での兵士同士の会話を、アリョーシャも笑いながら聞いていた.つまり、この話をおもしろおかしく聞いていた者は、誰も浮気した妻を責めることは出来ない.こう考えるとき、浮気した妻が悪い、ではなくて、片足を失った夫を待っていた妻の姿に、男女の間の大切なものを見出すことになる.負傷した夫を待ち受ける妻、抱き合う夫婦の姿から導き出されるのは、戦争が悪い.

また別な一面から考えれば、浮気した妻を責める、つまり嫌いな心、ではなくて、抱き合う夫婦、好きな心で物事を考えるようになる.こうした想いが、アリョーシャとシューラ、二人の恋愛感情に形を変えて繋がって行く、と言ってよいのでしょうか.

誰でも、自分は浮気をしたいと思っているのに、相手が浮気をすると怒る.つまり、浮気をした妻が悪いなどと言ってみても、なんの意味もないこと.「奥さん、水を一杯下さい」この話を、片足を失った男にも聞かせた.皆にきちんと考えるように描いた、この点に、この作品の芸術性がある、こう言っておきましょう.

(評価:★5)

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このコメントを気に入った人達 (2 人)りかちゅ[*] けにろん[*]

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