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[コメント] 翔んで埼玉(2018/日)

魔夜峰央漫画の魅力は、現実社会よりの過度の遊離にあるといって間違いない。しかるにこの映画の外界への過密着は、原作に対し滑稽なほどのベクトルの差があることを物語る。生臭さ甚だしい。
水那岐

**ネタバレ注意**
映画を見終った人むけのレビューです。

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魔夜の描くモチーフは彼独自のパーソナル・アイコンである。「美少年」も「被差別民」も「日本」でさえも現実社会に存在するモノとはまるっきり違う。そのいい加減ともいえる冷酷さが彼の漫画をギャグやホラーにカテゴライズする。2019年内にお蔵入りすることさえなければ万人の目にふれる実写版『パタリロ!』という魔夜の出世作が、舞台である大西洋の小王国やロンドンではない、まぎれもない日本のセット前で、全員日本俳優陣によって演じられる事実は雄弁だろう。アイシャドウを塗りマントを翻す高校生が、日本のいわゆる帰国子女と接点があるはずがないのだ。

しかるにこの映画の無毒さはどうだろう。漫画のキャラクターたちはファンタジー上の伝説の人物に過ぎず、イマドキの埼玉県人家族がそれらをわかりやすく批評、好意的な観客の思考を代弁する。そしてするべき仕事よりはエロスを優先させる魔夜世界を装いながら、日本的な思考方法に背を向けた『ロミオとジュリエット』は、敵の陰謀をあばき、自分たちの愛情はそこそこに、自ら敵対者の上塗りとしての陰謀に嬉々として加担してゆくのだ。映画は漫画とは別物とはいえ、このアメリカン(敵をただ断罪し去ってゆくのではなく、そのあとで巨悪の座していた権力の椅子にすわるまでをきちんと見せる)な結末はどうだろう。いかにスタッフが反戦憲法のもとで生まれてきた人々とはいえ、学生運動や『猿の惑星/征服』そのものの戦闘しか描けない彼らには戦いは重すぎ、世界的陰謀は日本の無邪気な観客とのお約束を裏切った。これは誰のための映画作品なのだろう。皆目わからない。ただアメリカンテイストに生臭いだけだ。

(評価:★2)

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