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[コメント] ロッキー・ザ・ファイナル(2006/米)

シリーズを重ねるごとについた要らない贅肉をそぎ落とし、『ロッキー』のエキスだけを抽出した『ファイナル』は、音も映像も物語も全て大人の映画。ありがとう、ロッキー・バルボア
IN4MATION

**ネタバレ注意**
映画を見終った人むけのレビューです。

これ以降の文章には映画の内容に関する重要な情報が書かれています。
まだ映画を見ていない人がみると映画の面白さを損なうことがありますのでご注意下さい。







僕はロッキー・バルボアと共に30年を歩いたわけじゃない。

急ぎ足ではあるけれど、『ロッキー』シリーズ全作を見終えた感想としては、『ファイナル』はまさに『ロッキー』のエキシビジョンであり、最高の贈り物だったと言える。

彼、ロッキー・バルボアは僕にとって、ボクサーとしての評価はさほど高くはない。スピードはない、テクニックもない、才能もない。不器用で、ステップワークはのろく、スウェーもダッキングもガードすらもできない。単なる打たれ強いだけの、倒れて最後に逆転する定番の、「ど根性ボクサー」でしかない。

正直、古臭いんだ。。。

年老いた今に始まったわけじゃない。昔っから下手糞なボクサーなんだよ。

あるのは、パワーだけ。それを補うのが強靭な肉体と精神力、不屈の闘志と努力。

ボクシング映画として観てみると正直、あまり面白くない。シリーズも回を重ねるごとに人間としてのバルボアを描いていた『』から乖離し、対戦相手が誰だとか、ロッキーが負けるだとか、アポロが死ぬとか、ドラゴがソ連だとか、話題性だけを追っていた時期もあったように思える。

僕の中で『ロッキー』シリーズが原点に回帰して、もう一度バルボアという1人の人間を描いた『』が最高傑作だった。

前作でのバルボアは既にチャンプではなく、一児の父であり普通の人だった。だからリングにあがることなくストリートでファイトした。エイドリアンやジュニアと真正面から向き合い、本当に家族や息子の父親になる物語として最高の作品だった。

で、今作。

正直、バルボアを再びリングにあげると聞いたとき、完全に「終わった」と思った。

「僕の中で、ロッキーは全5作になるだろうな」と思った。

観た感想は、コメント欄に書いた通り、『大人の映画』に仕上がっていた。

やかましい方(『EYES OF THE TIGER』)ではなく、いわゆる『』から流れている普通の「ロッキーのテーマ」をモチーフにしたスローテンポなバラードが流れる度に、なぜか目頭が熱くなった。

そこにいない筈のエイドリアンが画面に現れる度に懐かしさがこみ上げてくる。シリーズを通しての回想シーンをもっと多用してくるかと思ったが、エイドリアンのシーンにとどめていたのが効果的だったのかもしれない。

バルボアは今も亡くなった妻を愛してる。不器用だけど実直なバルボアは『』の彼が、エイドリアンを失ったらこうなるだろうな、というまさにそのままの姿だった。

昔話をし、思い出の場所を辿り、懐かしむ。息子は巣立ち、世代間のギャップもあって、なかなか親交が深まらない。つい見かけた不良のステップスに、ジュニアを重ねて面倒を看たくなるのも頷ける。バルボアは、人間としてだけじゃなく父親としても不器用なんだ。。。

バルボアをリングにあげる口実をエキシビジョンとしたことで、僕の中の不安は消えていた。

ファイナル』が描こうとしたバルボアは徹底したリアルだったんだ。ボクサーであり、元チャンプであり、今は現役を引退した人。

妻に先立たれ、過去ばかりを懐かしむ普通の老人。

だけど、胸に秘める思いがある限り、それは年齢を重ねても衰えない。正面からジュニアと語り、再び自分の人生を歩き始めるバルボアのトレーニングは、昔と同じメニューだ。

対戦相手は1人だけれど、僕の中では過去のシリーズでの対戦相手がオーバーラップした。アポロがいた。クラバーがいた。ドラゴもいた。

10Rのゴングが鳴った時に、まだリングに立っていたバルボアを観たとき、勝敗なんてもうどうでもいいと思った。

愛するジュニアに自分の生き様を見せることができただけで、バルボアは親父としての役目を果たせたのだから。。。

要するに、『ファイナル』は僕にとって『』と同じだった。ボクサーではない、1人の人間として、父親としてのロッキー・バルボアを描いた作品なんだ。『』の評価が低く本作の評価がいい理由がわからない。そう評価した人は多分『ロッキー』をシルベスタ・スタローンのボクシング映画として観ている人だろう。ロッキーは少年ジャンプのキャラクターなんかじゃないんだよ。

僕は違う。シリーとは別人格の、元ヘビー級チャンプ・「ロッキー・バルボア」、フィラデルフィアの齢60歳の1人の住民を描いた作品として捉えているんだ。

だから、『ファイナル』は『』と同じくらい良かった。まさにエキシビジョンマッチ的なポジションにあるんだ。映画はここで終わる。だけど、ロッキー・バルボアは毎年、ジュニアと共にエイドリアンの墓を参るだろう。『エイドリアーン、またまたロッキーだよ〜』不器用で野太い彼の声、つまらないジョーク。まだまだ彼の人生は続くんだから。。。

(評価:★5)

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