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[コメント] 男ありて(1955/日)

志村喬演じるプロ野球監督の、低迷するチームの立て直しにやっきになり、家庭をかえりみない姿が描かれる映画だが、タイトルイメージなどによる、見る前の想像と異なり、志村の圧倒的主演作というよりは、同等レベルでその妻−夏川静江の映画だ。
ゑぎ

 また、野球映画である以上に家庭劇だと感じた。それは既に、冒頭、志村が手洗いにこもっている場面の夏川の繊細な描写を見た時点で、そう予測する。タイトルも、実は夏川や娘の岡田茉莉子から見た言葉ではないか、と私には思える。

 例えば志村が仕事に出る際に、玄関口で夏川は学校の参観への出席を頼むのだが、志村は「また今度だな」と云い、次に、息子のテルオに、お遣いを頼んだ際、テルオも父親の真似をして、「また今度だな」と云う愉快なシーンがあるが、この後、夏川は一切怒ったりしない、というような描写が私には賢明だと感じられる。こんな風に、夏川のキャラクターは、夫に従順で子供たちにも優しい旧弊な女性像かも知れないが、彼女の賢く鷹揚な一貫性が、この映画を支えていると私には思えるのだ。

 そして志村のキャラ造型においては、ビンタするシーンが3回ある、という点が大きいし、プロットを転回させる契機となる。その1回目は、ルーキーの投手−藤木悠。2回目は妻の夏川。3回目は一塁塁審の恩田清二郎だ。特に、ビンタされた藤木が、親にも殴られたことないのに!と云いながら泣くのが可笑しかったが、夏川へのビンタは、娘の岡田の家出に繋がるし、塁審を殴ったことで、試合への出場が停止になる、という展開になり、主将の三船敏郎と一緒に行ったお好み焼き屋へ夏川も連れて行ってやる、という幸福な時間に繋がる。帰宅した夏川は、娘の岡田に、野球をしているお父さんが一番好きだと云う。

 さて、志村監督のプロ野球チーム「東京スパローズ」には、選手として上述の藤木や三船の他に土屋嘉男らがいるが、彼らがプレーしている姿はほとんど映らない。何度も試合場面は出て来るが、それらも短いシーンばかりなのだ。藤木は中盤まで(ビンタされるまで)、志村の家に居候しており、岡田との淡い恋愛が描かれる部分や、岡田の弟−テルオの相手をしている場面の方が印象深く、この部分では、けっこうな二枚目として描かれている。三船の方は、ヘッドコーチを兼ねた主将、というような存在で、志村の右腕として選手をマネジメントしている描写の方が多いのだ。

 ただし、終盤、試合中にキャッチャーが負傷してしまったため、志村自身がプロテクターを付け始め、キャッチャーとして活躍するという、唖然としてしまう展開になるのだが、この場面が野球のプレーシーンとしては、一番長い見せ場だろう。ま、ちょっといい加減な描写だとは思うが、驚かされる、という意味では、良い展開だ。

#備忘でその他の配役等を記述します。

・東京スパローズの社長(オーナー)は清水元。ホームグラウンドは後楽園球場。

・志村とも懇意の新聞記者に清水将夫。志村が出場停止中に取材に来る記者は加東大介

・参観の帰りに岡田が藤木に会う駅は、京王井の頭線の駒場東大前駅か。二人が見た映画は『花嫁の父』。「お父さんを演じた人上手かったですね」

・近所の公園のシーンが何度も出て来るが、必ず後景に東大駒場の時計塔が映る。

(評価:★3)

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