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[コメント] 婦系図 湯島の白梅(1955/日)

湯島の境内へ続く階段のカットでクレジット。明治末年、と字幕が出る。楽団(チューバ、トロンボーン、トランペットなど)の演奏を斜め後退移動で見せる。曲は「美しい天然」のワルツだ。この曲は、劇中、BGMとして何度も変奏され聞こえてくる。
ゑぎ

 この冒頭は水上博覧会のシーンで、上野だろうか、池と打ち上げ花火の俯瞰の大ロングショットがあり、驚かされる。人混みの中、歩く男の後ろ姿。まず登場するのは高松英郎でスリ。早瀬−鶴田浩二と、お蔦−山本富士子も後ろ姿で、それぞれが別々に歩くカットで登場する。三人とも、ちらっと後ろ(カメラの方)を振り向くので分かる。この冒頭は、鏡花の原作に無い、本作オリジナルの映画的見せ場だ。また、この後、隠れて見る、という所作が全編通じて繰り返される端緒でもある。

 山本は日陰者。鶴田と一緒に暮らしていても、誰かが訪ねてきたら、家の中で隠れて逃げ回らないといけない。二階の屋根を通って、梯子で一階に下り、お勝手から台所口に隠れる等。ただし、これによって、住居内の空間を上手く効果的に見せるのだ。中盤で、高松が、掏った札入れを山本の帯の間に隠したことで、山本が、交番にひっぱられる場面がある。こゝも、問われても名前も住所も云えないという、やきもきする状況の描き方が堪りません。また、この事件をきっかけにして、鶴田と山本の関係が世間に知られる(新聞沙汰になる)、という、これも原作にない展開を用意する。

 本作の酒井先生(鶴田の父親代わりの大恩人)は森雅之三隅研次版では、千田是也が演じていたが、蔦を選ぶか酒井を選ぶか、と鶴田を問い詰める場面に関しては、本作の方が情緒的でなく、理詰めな感覚を強く感じる。その反面、森雅之は、あまり怖くもなく、感情の伝わらない演技をつけられているように思う。

 さて、お蔦は山本富士子の生涯の当たり役というべきなのだろう。本作は全編、彼女の美しさに惚れ惚れしながら見る映画。まずはそれに尽きるだろう。終盤の、重い肺炎を患ってからの、布団の中のカットでも、なんて綺麗なんだろう、と嘆息する。全然ヤツれて見えないことは、非現実的かも知れないが、これこそが、映画的現実なのだ。

#備忘でその他配役等を記述します。

・鶴田の住居は、本作では妻恋坂上。原作では飯田町。女中は町田博子

・酒井先生−森雅之は、何度か「真砂町の先生」と呼ばれる場面がある。森の娘は藤田佳子で、妻は平井岐代子

・山本は元柳橋芸者なので、姉さんと慕う杉村春子の待合は柳橋にあるのだろう。

・毎日のように顔を出す魚屋「めの惣」は加東大介。鯛のことを「てい」と云う。加東の女房は沢村貞子で、髪結をやっている。店は原作では八丁堀にある。

・交番の巡査は見明凡太朗。鶴田の同郷(静岡)の友人、河野役に三田隆

・学士会のシーンで中村伸郎がワンシーンのみ、日独語辞典完成祝賀会の場面で小沢栄が矢張りこゝだけの出演。ちなみにいずれも会場は精養軒ということか。(科白であったと思う)

(評価:★4)

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