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[コメント] 青春の夢いまいづこ(1932/日)

大学の構内で地面に座っている学生たちを横移動で見せる冒頭。まず、本作は横移動や前後のドリー移動がとても多い映画だ。これにより良いリズムを作っている。
ゑぎ

 しかし、先に書いておきたいのは、ラストにも、ビルの屋上の明らかにベンチではない段差の部分にじかに座っている複数人物のシーンがあることだ。こういう地べたみたいな場所に座らせる演出の好みは後期まで現れるし、清水宏なんかにも見られる特徴だと思うが、やっぱり、普通の感覚ではない、特別に自由な感覚というか、のびやかな感情が定着する。

 主人公は江川宇礼雄で前半はその大学時代が、中盤以降は父親の急死により、父の会社を継いで社長になってからの様子が描かれる。こゝに友人の大山健二笠智衆斎藤達雄の3人と、学生時代からのマドンナ−田中絹代が全編絡む配役だ。また、全編に亘ってコメディ場面が横溢しているが、特に前半の大学時代の各シーンは冒頭の応援団のダンスから、ほとんどコントの連打と云ってもいいぐらいで、実に楽しい。特に大学の小使(用務員)−坂本武の役割がいい。彼の持つ鐘(ハンドベル)などの小道具の使い方が周到だ。あるいは、田中絹代のベーカリーから学内に戻る大山と江川が将棋をさしながら歩くのだが、そこに坂本が合流して教室に入っても一緒にいるといったシーンの横移動の見せ方が可笑しい。この頃になると笠も扱いが大きくなっているのが嬉しいが、矢張り、まだ大山の方が良いシーンが与えられていて、試験場面で、左手を包帯で吊っており、それでもってカンニングをする、という演出が反復される。

 後半は、不況、就職難の時代を背景にして少々雰囲気を異にする。江川が社長の会社にカンニングで(というか江川による試験解答の横流しで)採用された友人の3人、及び田中との関係の変化が描かれるのだ。特に、田中をめぐる江川と斎藤の恋の鞘当て(と云うと大げさになるが)に焦点があたるのだが、江川との立場の違い、いやそれ以上に2人の性格の違いをテコにして良いシーンを作っている。

 詳細は割愛するが、終盤、夜の路上で、江川が斎藤を何度も何度もビンタする場面が本作のクライマックスだ。小津の映画で打擲シーンが出て来るのは珍しくないけれど、本作のこのシーンは最も激しいモノの一つだろう。この中で、街路樹とも思えない大きな2本の木(ポプラ?)のショットが挿入されるのは、有名だし、やはり目に留まるが、これ以前に、4人でビールを飲む場面(江川が、田中のことを、昔は共有財産だったが、自分が独り占めにしたいと云う場面)でも、誰のミタメでもない、天井扇風機のショット挿入がある。これも同様の(人物を突き放す)効果が感じられる。

 撮影と編集についてもう少し書いておくと、屋内の横移動では、副社長で江川の叔父−水島亮太郎の長いスピーチの場面で、それを起立して聞く社員たちの、袖口を横移動して映すショットは面白い絵面と思う。また、社長室の江川を窓越しに撮った画面から、後退移動して社内で働く田中を見せるショットのダイナミックな造型も目を引く。構図ということでは、もう既に基本は全編仰角ぎみのショットであり、江川が田中の家を訪ねて、斎藤との関係を聞く場面など、正面バストショットに近い切り返しも使われている。こゝで、挿入字幕を挟んで人物に少し寄ったショットを繋ぐセンス。あるいは、斎藤の家から大山と笠が帰るシーンの表現で、足や帽子、手のアップを繋ぐ抒情的な編集もとてもいい。

#備忘でその他の配役等を記述。

・江川の父親は武田春郎。飄々した雰囲気がいい。婆やに二葉かほる

・叔父(父の弟)−水島が江川に紹介した女性は2人出て来る。一人は伊達里子。その母親はバロネス(男爵夫人)の葛城文子。二人目は花岡菊子

・大学の先生は河原侃二か。講義中に将棋をする江川へ「飛車を大事にしすぎ」みたいなことを云う。

・斎藤の母親は飯田蝶子

・田中のいた、大学の近くのベーカリーの壁には『地獄の天使』のポスター。彼女の転居先の部屋の壁には『Million Dollar Legs』というポスターがある。これは『進めオリンピック』という邦題らしい。

(評価:★4)

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