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[コメント] 億万長者(1954/日)

冒頭、タイトル表示と見紛う大きさで「日本新名所」と文字が出、続いて「数寄屋橋」「小菅刑務所」「赤坂料亭」「羽田空港」のワンシーンが挿入される。
ゑぎ

 それぞれ、「数寄屋橋」では久我美子が原水爆保有の必要性について演説する。「小菅刑務所」では汚職政治家の伊藤雄之助が保守党で良かった、有名になれて本望と云う。「赤坂料亭」の山田五十鈴は、芸者を集めて、時間の無駄を語る。「羽田空港」の場面ではスプーン会社社長の多々良純が、タラップの上で見送りの人々(妻の北林谷栄ら)に挨拶をする。この中では、久我の演説には度肝を抜かれる。また、山田のマシンガントークが見事の一言。本作の山田、ずっと早口で喋っているが、活舌が良いわけでもなく、声も比較的小さいのに、ちゃんと聞き取れるのが凄い。

 続いて主人公、K区税務署員の木村功の出勤風景。葬儀屋の2階に下宿している。道を歩く木村のショットで、画面左に大きな倉庫があり、この壁に斜め横の文字で遠近法を取り入れたクレジットが出る。私はこゝで既に傑作の予感がする。正直、私が見た市川崑の中でも本作はかなり上位に入る作品だと思う。このあとプロットは、税務署員の木村が、冒頭の久我、伊藤、山田、多々良(北林)らと関わっていく、という展開だ。

 税務署の場面。税務署長は加藤嘉。その娘の左幸子も税務署員。左も有能かつ能弁で、男性署員が彼女に群がる。また、出生届で来た(税務署で受け付けくれると思っている)原泉への対応や、ジェット機の音を異様に怖がる(多分、戦時中の敵機に怖い思いをしたのだろう)木村の描写なんかがあるが、税務署の窓の向こうに国会議事堂が見えるのもポイントで、本作は、多くのシーンで議事堂が見えるのだ。特に、久我が下宿している信欣三高橋豊子のあばら家が議事堂にメチャ近い。この家の場面も重要で、岡田英次が長男、他に子供が17人おり、久我が2階に居候しているのだが、木村はこの家に徴収で来、久我が原爆を製造していると聞き、走って逃げる。こゝで、地図を二重露光し、静岡県の沼津まで(120キロ以上)一気に走るという表現。この荒唐無稽さは美点だろう。

 また、木村の取り立ての別シーンでは、多々良の葬式の最中。未亡人の北林から袖の下1万円を受け取ったことで、木村は汚職してしまったと悩むのだ。そんなことで悩むぐらいなら、税務署の汚職の記録をつけて、証拠が集まったら訴えましょうと、山田五十鈴からソソノカされる、という展開。出所した代議士の伊藤と山田の場面も、山田の口跡の鮮やかさにシビれるのだ。

 さて、本作中、最高のショットは、久我が雨の中、コンクリートを運ぶアルバイトをしているところに通りかかった木村の場面で、彼が傘をさしてやるのを映したロングショットだと思う。まるでこの後、二人のロマンスが芽生えそうな雰囲気だが、それはフックというもので、終盤は真逆の展開となる。ラスト近く、久我が木村に「完成した」と云い(原爆のこと)、さてどうなるか、というワケだが、帰結は書かないでおこう。また、このラストの前に、ビキニマグロ(ビキニ環礁での水爆実験に汚染されたマグロ)に関する極めてブラックなプロットも有りの、このラスト、という連打が大きいだろう。もっとも、市川崑は、もっと強烈な『博士の異常な愛情』みたいな(?)ラストを想定していたらしく、それが叶わなかったので、冒頭クレジットから監督表示を外したらしい。私が見たバージョンは、監督表示のみ別の字体で、後から付け足したもののようだった。

#備忘でその他配役等を記述します。

・木村の大家(葬儀屋)は織田政雄。棺桶のサイズ確認で木村に入れと云う。

・信と高橋の子供(岡田の弟)の中に子役時代の松山政路松山省次)がいる。

・贈賄側。春日俊二西村晃。西村は関西弁。

・山田が交通渋滞に巻き込まれるシーンの巡査、高原駿雄

・汚職事件の調査委員会、委員長は嵯峨善兵。質問する議員で織本順吉

・ちなみに加藤嘉の子供は23人、山田の子供は12人と云う。

(評価:★4)

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