コメンテータ
ランキング
HELP

[コメント] MILES AHEAD マイルス・デイヴィス 空白の5年間(2015/米)

マイルス・デイヴィスを主人公にし、伝記モノかと思わせておいて、犯罪映画というかギャング映画、つまり純粋な活劇に仕上げている。しかも、彼を狂言回しにして犯罪の世界を映すのではなく、全き当事者、ギャングの一人として扱っているのだから、いい度量だ。
ゑぎ

 いかにも犯罪映画らしい道具立て。カーチェイス、銃撃戦、麻薬、ボスとボディガード、地下室、ボクシング会場。そして、運命の女としてのフランシス−エマヤツィ・コーリナルディ。彼女も実在の人物なので、いわゆる犯罪映画としての悪女という扱いではないけれど、出会いの場面から別れの顛末まで、役割と描き方としては運命の女と云って良いだろう。あと、録音テープというマクガフィン。

 画面スタイルについて。冒頭のインタビュー場面が、小刻みなパンとズームを多用したセワしないもので、これを見た時点で、大嫌いなパターンかと思ったのだが、このイヤな演出はこゝだけでした。とにかくこの映画、劇中の現在時制とフラッシュバック、過去場面との転換は、ほとんどマッチカットが行われていて、この徹底のレベルはちょっと他に例を見ないのでは、と思った。例えば過去場面で倒れるドン・チードルのカットに続いて現在場面で倒れるユアン・マクレガーを繋いだり、「Someday My Prince Will Come」のレコードジャケットにあるフランシスの写真から、彼女とのベッドシーンへ繋ぐ、といった時空をジャンプさせるようなカッティングだ。他にも、コロムビアレコード社屋のエレベーターの中で壁を押すと演奏会場に繋がったり、ボクシングの試合場面で、リングの上にはボクサーではなく、演奏しているチードルがいる、といったイメージ挿入も面白い。いやこのような目を引く仕掛けだけでなく、ベッドシーンでの手の演出だったり、チェイスシーンの最後に、路地の俯瞰カットを挿入したり、といった細部の演出でも、いちいち「いいなぁ」と思いながら見たのだ。

 役者で云えば、自作自演のドン・チードルの、成り切りぶり、というよりも、新たなマイルス・デイヴィス像の創造が素晴らしい。そこに、胡散臭いライターのユアン・マクレガーが、ずっと付き添っている、という協働関係を加えたことで、プロットがずっと面白くなっている。あと、脇役では、マイケル・スタールバーグのギャングっぽい大物の造型も見事で、この人の力量をあらためて認識した。そしてエンディングはハービー・ハンコックウェイン・ショーターも登場する、というサービス精神。

 というワケで、これだけ見応えのある映画をまとめ上げたチードルは、今後も監督業に進出して欲しいと思う。今現在(2021年時点で)、次回作の予定がないのは、とても残念だ。

#コロムビアのエレベーターの壁面には、次のレコードジャケットが飾ってある。「Sketches of Spain」、「Someday My Prince Will Come」、「The Times They Are A-Changin」(これはディラン)。

(評価:★4)

投票

このコメントを気に入った人達 (1 人)jollyjoker

コメンテータ(コメントを公開している登録ユーザ)は他の人のコメントに投票ができます。なお、自分のものには投票できません。