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[コメント] ザ・ホエール(2022/米)

戯曲を元にした、殆ど一つの建物を舞台とする映画は数多あるが、多くが演劇ファンのために作られているように思えてしまう。例えばジンネマン『結婚式のメンバー』、例えばルメット『十二人の怒れる男』。だが本作はかろうじて映画ファン向けに作られていると感じる。
ゑぎ

 農地と林の見える道路の大俯瞰。バス停にバスが来て停まり、男性が一人降り立つ超ロングショット。明示されないが、男性は宣教師トーマス−タイ・シンプキンス、カメラの場所は主人公チャーリー−ブレンダン・フレイザーの家の玄関ポーチだろうか(ポーチから見た風景か)。そんな気がする。月曜日から金曜日までの約5日間のお話。舞台はほゞチャーリーの家屋内のみ(冒頭の大俯瞰ショットが私の推測通りであれば、フラッシュバックを除く全てのカットが、少なくもチャーリーの家屋内に置かれたカメラのショットだと云えるのではないか)。

 部屋の中で喘ぎ声。チャーリーの登場シーンは、パソコンで動画を見ながら、マスターベーションをしている場面。急な発作で胸を押さえる。苦しそうな中、「白鯨」に関する読書感想文を読み始める。そこに、若い男トーマスが訪ねて来、チャーリーは、「白鯨」の感想文をトーマスに読んでほしいと頼む。すると、発作が落ち着いてくる。今まで読んだ中で一番良い作文だから、と云う。私は発作を落ち着かせるためのルーティーンかと思ったが、死ぬまでにもう一度読みたくなったと云う。ほどなくして看護師のリズ−ホン・チャウも来る。

 人の到来は、ドア横の壁の窓に人影が通ることで予告して見せる。これも演劇的手法だが、映画としても悪くないと思う。主要登場人物は、上記の3人とあと、娘のエリー−セイディー・シンクと元妻メアリー−サマンサ・モートンの5人だけ(他にピザ屋の配達員も大事な役ではあるが)。また、唐突な人物の出現には、窓と共に玄関ドアがよく機能する。

 人物の関係で云うと、チャーリーと看護師リズ、及びチャーリーと娘エリーの2つの関係が、力点を置いて描かれる。演じるホン・チャウとセイディー・シンクは、いずれも見事なパフォーマンスだと思う。セイディー・シンクだって助演賞候補でもおかしくないと感じた。この娘エリー−シンクの、端的な言葉選びと早口の口調が、実に映画を豊かにしているだろう。あと、宣教師トーマスの投入とカルト宗教をめぐるスモールワールドな作劇は私は中途半端だと感じる。作劇クサい。

 そして、本作の映画らしさが一気に爆発するのが、終盤のドアを開けて逆光を取り入れる演出だ。雨天と曇天が多く、ずっとローキーの画面だったので、とても対比の効果が出る。こゝでも「白鯨」の感想文の朗読が反復され、チャーリーの足のフラッシュバックが挿入される。この光の演出があるからこそ、この作品が「映画」になる。もっとも、「白鯨」の感想文の扱いについては、極めて演劇的であり、私はこれも作劇クサく感じられるのだが。

(評価:★3)

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