コメンテータ
ランキング
HELP

[コメント] ザ・ロード(2009/米)

その胸に抱く「火」を守り、運ぶこと。冷えた灰色の、絶望の光景に現れる橙色に輝く火は生活の温かみを感じさせるが、世界を破滅させた火と同じ色でもある。これは、息子の目に映る父が「悪しき者」に立ち向かう姿勢が却ってその善性を曖昧にするのと似る。
煽尼采

**ネタバレ注意**
映画を見終った人むけのレビューです。

これ以降の文章には映画の内容に関する重要な情報が書かれています。
まだ映画を見ていない人がみると映画の面白さを損なうことがありますのでご注意下さい。







徹底的に暗く灰色の光景が延々と続くこの映画の、それなりに緊迫感をもって演出されている筈のサスペンスさえもどこか淡々として見えてくる一様さに、仕舞いには一種の環境ビデオとして鑑賞している自分に気づく。だが、時間を割いて観るべき価値も無い映画は大抵は、10分も忍べば充分すぎるほど明らかになるという認識を最近、より強めている僕が、途中退場など考えもせずに最後まで観ただけの力は一応はある。「樹が倒れる」という単純な出来事で世界の崩壊を描く描写力は、ロケーションの的確さが手伝ってのものではあるが、決して舐めるわけにはいかないものがある。

父は誰かに追われていると思い、出遭った人間を批難したりもするが、その当人は、突然に高所の窓から飛んできた矢に刺された反撃としてその窓に火薬を放り込んだ際、室内の、焼け死んだ男の傍らにいる女から「なんてことをしたの」と詰られるのみならず、自分たちを追ってきた人間として批難されもするのだ。この父の死後、遺された息子は或る男とその家族に出逢うのだが、彼の妻が口にするのは「あなたを心配して追ってきたの」。

亡き父は、生き残りへの執念と息子を守る思い、他者への疑心によって、食糧を奪った男に対しては、仕返しとして身包み剥ぐまでの復讐心を示し、却って息子から批難されもしていたが、その息子は、父が「神」とまで呼んだ通りに、人間の慈悲心という、その世界にあっては奇蹟のようなものを再び招き入れるのだ。キリストを思わせる風貌の父の希望であった息子は、むしろキリストにとっての「父」(=神)のような存在でもあった。転倒された、またそれ故に純粋性を高められた救世主物語。

だが、父の「善人」であることの揺らぎは、結局は「人を肉食の対象にしない」という誓いが守られることによって、彼が「悪しき者たち」と呼ぶ人間たちとの明確な区切りが維持される為に、真の倫理的な揺らぎとはならない。都合よく缶詰を見つけさえするのであり、飢え死にしかけた息子を前に葛藤するような描写も無い。だから、ドラマがドラマとして現出するような本当の揺らぎは、この映画には一切訪れない。人肉食を行なう者たちにも、彼らの家族なり仲間なりがいるようであり、食っていい人間と、人格的な他者として認知される人間との区別はどう為されているのか、そこにこの映画は切り込むべきだっただろう。人肉食を行なう者たちもまた人間なのだが、この映画が「人間でもある悪人」として描くのは、物盗りの男くらいなのだ。

(評価:★2)

投票

このコメントを気に入った人達 (2 人)Orpheus DSCH

コメンテータ(コメントを公開している登録ユーザ)は他の人のコメントに投票ができます。なお、自分のものには投票できません。